教員の仕事の冗長化と多重化

今日は学部の前期入試の初日である。今年はセンター試験の担当は当たっていなかったが、学部の前期入試が当たっていたのであった。NAIST大学院大学だったのでセンター試験はなかったし、去年はセンター試験の警備担当で試験監督をしたことがなかったので、試験監督をするのは初めてである。

警備担当は外で見回りをするという過酷な仕事で、1時間に1回ローテーションで屋内に入って休憩を取れるが、八王子の寒さは半端ないので寒さとの戦いであった。

試験監督はそれと比べると屋内のお仕事で、かつ受験生のために温度も適切に管理されているので、暑さ寒さとの戦いがなくて快適である。しかし、何と戦わなければならないかというと、(ケアレス)ミスである。

初めての仕事なので右も左も分からなかったが、一緒に担当してくださった方が何回か過去にされているそうで、いろいろ教えてくださって大変助かった。この仕事は教員が1部屋に2人も必要な仕事なのか?教員1人でもう1人のサポートは教員でなくてもいいのでは?と思っていたが(実際大学によってはセンター試験の監督は大学院生がやったりしている)、引き継ぎを考えると本来必要な人数の2倍確保しておかないと、仕事の継承がスムーズにできないのであろう。自然言語処理の若手の会でも、こんなに委員は必要ないのではないか?と思って段階的に減らしてしまったが、引き継ぎを考えると「こんなに要らないのでは?」と思うくらい人がいるのでちょうどよいのかもしれない。

お昼にはお弁当が出る(正確に言うと、支給されるわけではなく1食あたり1,000円払う。値段の割に、特に豪華というわけでもおいしいというわけでもないが、試験日は試験場外の出ることができないので、安全のために注文した)のだが、試験監督2名がそれぞれ別のお弁当であった。話によると、片方の業者のお弁当で監督員が食中毒になっても、もう1人の監督員がいるので大丈夫、という理屈らしい(ちなみに、翌日は出てくるお弁当が反転した)。引き継ぎ以外にも、冗長化の意味もある、ということか……。

合間合間の休憩時間に、ペアになった方と研究室の話やお互いのキャンパスの話、研究の話をしたりできて、有意義であった。化学の中でも生物寄りの研究をされているそうだが、研究でやるのは何十台とコンピュータを使ってタンパク質の構造を測定したりする仕事らしく、入学してくる学生が(もともとプログラミングをしたくて大学に入ってきているわけではないので)コンピュータの使い方やプログラミングを習得するのに時間がかかりすぎ、なかなか研究が進まない、というお話を聞く。もはや英語と数学とプログラミングは読み書きソロバンのようにどこの学部に行こうと必要な知識になっている、ということを改めて実感する。

あと、生物を研究しようと大学に入ったら化学を、化学をしようと思ったら物理を、物理をしようと思ったら数学を、数学をしようと思ったら哲学を勉強することになった、というジョーク(?)があるのだが、応用の研究をしようと思うと、一つ下のレイヤーを勉強しなければならないので、どこも同じだなぁ、と思ったり。Twitterの解析をしようと思ったら形態素解析の研究をすることになったり、対話の研究をしようと思ったら述語項構造解析の研究をすることになったり、みたいな……。