外資と生きる〜みくにのために 生いゆく園よ〜

H 山と T 橋と江古田で会ってきた。最初武蔵大学正門で待ち合わせていたのだが、雨が降っていたので予定変更し、喫茶店で談笑。H 山とは高校卒業後も年に1-2回は直接会って話す仲なのだが、T 橋は卒業後に会うのは確かこれが2回目で、お互いいまどういうことをやっているのかも知らなかったので、それぞれ近況を話したり。自然言語処理っていうのを他人に簡単に説明するのはなかなか難しいが、ちょっとした説明で分かってくれると嬉しいものだ。

T 橋は仕事で SE をしていて日本 IBM の人とも仕事をするそうで、外資とか内資とかいう話になったりもしたが、最近借りて読んだ

日本IBMで18年社長を務めた椎名武雄日経新聞の「私の履歴書」に書いた記事をまとめて再構成した本で、少なくとも日本 IBM が「もっとも日本企業的な外資」と言われる理由がよく分かった。というか、日本 IBM は戦後そもそも日本以外から一切資本的には外国からの注入はないので、「外資」という言い方自体が変なのだが、外資が悪とされていた時代、通産省国益保護政策の時代、そんなのと戦って、日本的企業になろうと精一杯努力しているのに外から「外資」と見られるつらさというは計り知れないものなのだろうな、と思う。

彼が考え出したキャッチフレーズには "Sell IBM in Japan, sell Japan in IBM." というものがあるそうだが、日本企業として IBM を根付かせようとした半世紀に渡る粘り強い取り組みと、日本の固有の商慣習や文化をアメリカの IBM に認めさせるためにタフ・ネゴシエーターとして交渉を続けてきたのを見ると、けっこう泣けてくる。

世界展開する日本企業はだいたい現地法人の要職には日本人を据えて現地人は重用しないようだが、IBM は基本的に海外進出するときには100%子会社にして経営的な意志決定は本社の決定に従わせるものの、実際の子会社の運営は現地人に任せるという方針だそうで、だからこそ各国文化に適応してそれぞれ発展している、という話は考えさせられる。検索エンジンでも日本は Yahoo!、中国は百度、韓国は NAVERがそれぞれ Google を押さえて検索シェアトップを握っているように、アジア諸国はかなり文化的特性が(いわゆるグローバルスタンダードと)違うので、各国に合ったカスタマイズがどうしても必要なんではなかろうか。

ちなみに Yahoo! Japanソフトバンクが本国の Yahoo! Inc. を押さえて筆頭株主として4割の株式を持つそういう意味では「内資」の企業なわけだが、なぜか「外資」として見られたり(経験的には Google をデフォルト検索エンジンとしている人に多い)、はたまた Yahoo! Inc. はアメリカの企業で、世界各国にそれぞれの国での Yahoo! があることを知らず、日本発の企業だと思われていたり(これも経験的には Yahoo! をデフォルトの検索エンジンとしている人に多い)、なかなか因果な会社である。

はてさて、そんな話をしていると雨も止んだようなので、武蔵の構内を散歩する。グラウンドが人工芝になっていたり、体育館が閉鎖されていたり、卒業してから10年以上経つので、けっこう変わっているが、やはり懐かしいものである。「赤の広場」と呼ばれていた、生徒会長(のようなもの)の選挙で候補者が演説する場所があるのだが、これも変わっていない。H 山が演説をしていたのを昨日のように思い出す。

ちなみに赤の広場の元の意味はモスクワの赤の広場から来たものだと思われるが、やっぱりこういう名前をつけたがるのは中二病か? 何十年も前からこの名前で呼ばれているようだが……。武蔵の校歌はこちらの武蔵讃歌というのだが、中学1年生には強烈すぎる歌詞で、「野辺にかちうた 歌いてし」とか「まなびの水は とこしえならめ 」なんてさすがに意味分からないんじゃないか? (この歌の歌詞が一見分からなくなくなるほどにすでに「日本語は亡んで」いるのだと思うが……この歌詞はたった80年ほど前の日本語なのに、まだ80年前の英語で書かれたほうが普通の人は意味が分かるのかもしれない)

高2高3は高校での記憶より大学図書館での記憶のほうが鮮明なのだが、日曜で図書館内に入れなかったのはちょっと残念。今は中高の校舎に図書館が併設され、生徒は気軽にそちらを使えるようになっているようだが、大学の図書館が自由に使える中高って珍しいと思うし、自分はそれで大量の本にアクセスできて非常に感謝しているので、いまも中高生が大学生に混じって本を読んでいるような環境だったら嬉しいなぁ。

また喫茶店に場所を移して親子関係についてひとしきり3人で話す。我が家の4人兄弟のうち誰が親の老後の面倒を見るのかは分からないが、少なくとも自分は面倒を見ないことで残りの3人とは合意している(その代わり面倒を見る人が実家の土地や家を相続する。もちろん介護や看護で金銭的に苦しくなったら自分は支援を惜しまない)ので、一人っ子でもなければある程度兄弟間でそういうことは話し合っておいたほうが、自分が将来近くに引っ越さないといけないとかで悶々としなくていいんじゃないかなぁ、と思うのだが……。(親子関係は人それぞれの歴史も事情もあるのでなんとも言えないのではあるが)