新卒でアメリカの大企業に就職するたった一つの方法

これは去年 Apple Inc. で日本語入力周りの開発のインターンシップをしていた立場上、一言言っておかなければならないのではないかと思ったので一言。就活で成功するために必要なたった一つのこと −アップル本社社員にインタビューだそうだが、ちょっと誤解を与えそうな記事なので、補足したい。
記事自体は Apple Inc. に務める日本人エンジニアの人たち4人にインタビューした内容のようで、Apple のことを誉めている内容ではあるのだが、気になるのは以下の部分。

―技術力や思考力はもちろん、そういう人と関わる力も非常に重視されるんですね。そのような人材を選ぶのは並大抵のことではないと思うのですが、アップルの採用プロセスはどうなっているのでしょうか?
◆新卒はあんまり取らないね。僕も中途だし。新卒を取るのは、ほぼインターンを通してかな。工学系の優秀な学生が3カ月〜一年ぐらいのスパンでインターンをして、その中で使えそうな学生をほんのちょっと取るって感じ。残念ながら日本の学生でアップル本社でインターンをしている人は見たことがない。中途の場合は、履歴書を提出して、15〜6人ぐらいにインタビューをされて、それでオファーレターを貰ったよ。英語が苦手だったからきつかった。今アップル本社にいる日本人は60人ぐらいじゃないかな。

新卒を取るのはほぼインターンというのは正しい。これはアメリカの学生であるか日本の学生であるかは全然関係なく、とにかく新卒で入りたいならインターンをするのが一番の近道である(アメリカの大学に行かないと新卒でアメリカの企業に入れない、と思うのは間違い。アメリカの大学の学生でも、そこでインターンしないとダメ)。ただ、それは Apple に限ったことではなく、Microsoft Research でも「インターンをしないとまず入れない」と聞いたし、アメリカの大企業であればどこも同じだろう。

一言言いたいのは「日本の学生でアップル本社でインターンをしている人は見たことがない」という部分。自分は去年の6月から9月までインターンシップしていたし、今年は @murawakiさんが5月から8月までインターンシップしていたので、日本人の学生でも Apple 本社でインターンシップしている人はいるのである。

ただ、数百人いるインターンの中で、日本人はたぶん(直接日本から来た人だけではなく、日本からアメリカに留学している人を含めても)1人だったように思うので、見かけることは確かに少ないとは思う……。日系の学生は何人か会ったのだが、中学や高校くらいから親の都合でずっとアメリカ、みたいな人だったので、「日本の学生」というのはちょっと違いそう。

あともう一言言いたいのは(とても強調しておきたいのは)、この記事どうも学生に Apple に入りたいならこうしたほうがいいという記事のようなのだが、もしそれが目的なら、以下の話はリスリーディングである。

―アップルもそうですが、「この企業に行きたい!」と強く思っても就職できずに挫折してしまう大学生が日本では最近非常に多いです。就職活動を考えるときに、私たち学生は何を考えていくべきでしょうか。
◆何よりも大事なのは、入りたい会社の役員もしくは人事権を握っている人に「ぜひ来てほしい」と思われるような経験を積むことじゃないかと僕は思ってるよ。[...]「アップルに入りたい!」と本気で思うのならば、「アップルはどのような経験を持った人を求めていて、どういうプロセスを踏めば入れるのか」ということを徹底的に調べ、考え、行動してみる。そうすればアップルだろうがグーグルだろうが、入るのは難しくないと思うよ。

アメリカの会社は上にも書いたように新卒はインターンシップをやらないと8割以上入れないので、入りたいならとにかくその企業のインターンシップに応募することであり、インターンシップの採用で目に留まることをやる、というのが正しい(?)行動である。そうすると、次の「感想」は誤解を産みかねない。

アップルの方々はとてもはつらつとしていて、心から楽しそうに仕事をしていました。アメリカにわたり、そちらで就活をするというのも選択肢のひとつとして入れてみてもいいのではないかと私は考えています。「外資系」という括りは完全に日本視点ですから、真にグローバルな人材を目指すのであれば、アメリカの一流企業を本気で狙ってみるのも一つの手ではないでしょうか。外資系はこれから選考も本格化しますが、真に満足いく就職活動を行うためにも、広い視野で考えてみることが大事です。

アメリカの「一流」企業を狙うのであれば、「アメリカに渡って就職活動をする」というのは全く間違った行動であり、「本気で狙う」どころかそれは正気の沙汰ではない。インターンシップをしなければほとんど書類選考にも通らないくらいなのに、日本での就職を捨ててアメリカに単身渡ってそういう企業にアプライするのは全くもって見当違いである。本気で狙いたいのであれば、進学先は日本でもアメリカでもどちらでもいいので、博士後期課程に進学し、インターンシップで行きたい企業に潜り込むことである。

潜り込むためには論文をたくさん書いたりとか、もしくはオープンソース開発活動で名を馳せたりとか、あるいは学会・勉強会や開発者の集まりなどで社員の人と仲良くなるとか、そういう努力が必要である。突然試験を受けてどうにかなるのは中途採用の話であり、アメリカは基本的に学歴社会・コネ社会なので、コネがなければ大変就職活動は厳しいし、学歴(PhDとか)なければそれもマイナスだし、そういう採用方法の違いを理解しないで渡米するのは自殺行為である。(まあ、今後のアカデミアの状況をよく考えずに博士後期課程に進学するのもある意味自殺行為かもしれないが……)

中途採用であれば必ずしもインターンの経験は必要なく、たとえば[http://jobs.apple.com/index.ajs?BID=1&method=mExternal.showJob&RID=47242&CurrentPage=1:title=Data Mining Software Engineer]の募集(PhD があるとよいと書かれている)もあるし、ちゃんと仕事ができるかどうか学歴が大事なのである。(日本では博士号はあまり価値が評価されないが、アメリカの情報系では割と評価してくれる) (2010-09-14 追記: Apple中途採用についてはコメント欄参照のこと)

まあ、問題はというと、日本では工学系の大学院で優秀な人は

  1. 一流企業(研究所)に就職
  2. 大学に残る(博士に進学/ポスドク)
  3. 企業に就職

という順番が一般的であるのに対し、アメリカで PhD コースに行った人は優秀な順に

  1. ベンチャーを起業
  2. ベンチャーに就職
  3. 一流企業(研究所)に就職
  4. 大学に残る(ポスドク)

という順番なので、そもそも大企業に新卒で就職するという段階で「優秀じゃない人」扱いされる可能性がある、というところだろうか? (そうは言っても終身雇用でもない会社に、しかも新人教育をしてくれるわけでもないのに行きたくはない、というのが日本人の学生の典型的な思考パターンであろう) やっぱり日本はそういう社会だし、いくらベンチャーをあおろうが親を悲しませてまで突き進む人はあまりいないだろうし(こういうところがアジア的?)、そういう特性を考えて政策立案しないといけないんじゃなかろうか。自分も妻を悲しませてまでベンチャーに行きたいとは思わないし……(仕事がそれなりに楽しくて家族円満に暮らせるならそれでいい)

(2010-09-09 追記) 自分は誰でも彼でも大企業に行くべきだ、という意見ではないし、むしろ中小企業で楽しく暮らしている人を割と知っているのでそちらの方にシンパシーを感じるのだが、家族で相談した結果、不安定な職場は止めてほしい、という結論になった、ということ。残念ながら日本はまだまだ大企業・公的な組織(公務員とか大学教員とか)志向が強いし、(中小企業でも楽しいし別にいいんじゃないかという)自分の意見を強引に押し通したいわけではない。

学生の方々はよくよく今後自分が5年先、10年先どうしていたいか考えて現在行動したほうがいいと思うのであった。奈良先端大の自分の研究室も、けっこう海外でインターンする機会はあり、毎年3人ぶんくらいは「誰か来てくれそうな人いますか」と募集があるのだが、応募にまでこぎ着ける人が年2人くらい、実際行く人は1人くらいで、もっと行けばいいのに、と思うばかりである。(実際自分も上記のような「アメリカの就職活動の実態」は Microsoft Research と Apple それぞれ3ヶ月ずつ行っていろいろ聞いたのでようやく分かったわけで、行くまで正直全然分かっていなかった)

ちなみに冒頭のリンク先の写真は恐らく Apple とは全然関係ないところの写真だと思われる (笑) 建物の中の撮影も禁止(セキュリティの人がずっと見張っている)なので当然ではあるが……