研究会幹事でわしも考えた

今日は NL 研には行かずに日野キャンパスに出勤。

2限は B3 の研究室インターンシップ言語処理学会年次大会に投稿することになったので、ペース配分を決めて淡々とアノテーション・議論・分析をしつつ、原稿も進めていく。

お昼休みは B3 に向けた研究室配属のための研究室公開。木曜日に必修の授業があるので一番参加者が多い。来年度は木曜日に2回開催しようかな。伝えたいことはだいたい研究室のウェブサイトに書いてあるので、それを見てくれればいいのだが、大学院まで含めた3年間でトップカンファレンスに挑戦したい、という人にうちの研究室に来てほしいと思っている(従って、英語の論文をたくさん読んだり自ら書いたりしたくない、という人は、可能な限り他の研究室に行ってもらいたいのである)。

午後は教授会。博士論文の審査会設置のためには今年度は今月の教授会が最後なので、学部教授会はともかく大学院教授会が長い。先月済ませておいてよかった。

夕方は準備教授会。来年度は「準備」教授会ではなくこちらが正式な教授会になるわけだが、来年度以降もしばらく夕方の時間になるのだろうか……(南大沢キャンパス所属の教員もいるので、仕方ないが)

夜は準備学科会議。木曜日は会議・会議・会議で雲散霧消してしまう。今回の学科会議ではうちの研究室としては good news があったのだが、休みなしに連続なのでヘトヘトである。

会議が終わってから都立大学駅に移動して情報処理学会自然言語処理研究会の幹事団の慰労会。現主査と新主査、そして現在の幹事団が集まって「存ぶん」というお蕎麦やさんですき焼きをいただく。自分は1時間遅れで行ったので1時間くらいで解散かと思いきや、自分の予想した終了時間からさらに1時間あり、色々お話しをしたり。

[twitter:@hitosh_ni]さんに「小町さんが動画配信を続けるべき・自然言語処理コミュニティの多様性を確保すべきだと思うのはなぜですか?」と聞かれ、そのときは答えが(自分にとっては自明だったので)うまく答えられなかったが、自分の考えをまとめると、マイノリティを意図的にも意図しなくても排除するような組織は(うまく行っているときはそれでよく見えても)長期的には脆弱で、数十人の内輪のグループにまで情報保障をする義務があるとは言わない(そのためのオーバーヘッドを負担することに耐えられない)が、日本の自然言語処理コミュニティほどの規模(1,000人単位)の組織であれば、ある程度のマイノリティに対する配慮は義務(オーバーヘッドは当然発生するが、それは必要なコスト)ではないかと思っている、ということかな。

結局自分がマイノリティかマジョリティかというのは相対的なものだし、かつ立場を変えれば同じ人がマイノリティにもマジョリティにもなりうるので、自分がいまマジョリティ側にいるからいい、というものではなく、可能な限りマイノリティが不利益を被らないような社会にしたいと考えている。もちろん、無限にやればいいというものではなく、費用対効果を考えなければならない場合もあるだろうが、学会という組織を運営する(それまでのフォーマットを踏襲する)ための技術的負債のようなエフォートを使うくらいなら、現在のコミュニティとしては不要な仕事を減らし、今日必要な業務に時間を使った方が有意義ではないか、ということである。

そこまで伝わった上で改めて思うのは、いま日本で自然言語処理の研究をするに当たって、イベントに現地参加できることが前提で学会コミュニティが成り立っているのは効率が悪いと思っていて、様々な理由で現地参加できない多数の人がいるし、現地参加できなくてもコミュニティの活動がスケールするような形にしておいたほうがいいのではないか、と思うのだ。(ただ、この論点を話しても、50代以上の世代にはほとんど理解してもらえていない気がする)

自分に関しては、日本国内の主要な学会活動(プログラム委員、編集委員や幹事としての学会運営業務)はほとんど終えたと思っているので、これからは一参加者として研究を楽しみたいと思う。