研究に批評家は要らない

週末だというのに、暑い……。

午前中、部屋の中を捜索して引っ越しの伝票を発掘。3月に奈良から東京に荷物を送るとき、自宅を移転する費用は赴任費ということで出せるが、大学の荷物を送る代金は出せない、と言われて仕方なく自腹で送ったのだが、昨日になって急遽「赴任費の上限に達していなかったので、大学の荷物を送る代金も領収書があれば出せます」と言われ、慌てて探すはめになったのである。そもそも赴任費も (引っ越し前の住所と引っ越し後の住所は伝えてあるし) 着任前に計算すれば分かると思うのだが、教えてくれなかったのでいくら帰ってくるのか分からないまま引っ越ししたし、首都大は事務手続きが謎である。

さて、武蔵野の自宅は引っ越して4カ月経つが、まだ段ボールの半数以上が開梱されていない。冬服などまだ空ける必要がないかさばるものがたくさんある、という事情もあるが、そもそもこの3年で奈良 (学生宿舎)→奈良 (職員宿舎)→京都→東京と3回引っ越して、一度も開封していない段ボールがあったりして、これはそろそろ不要なのではないか? と思ったりもする (我々の結婚式のときもらった電報とか、古いソフト・ノートパソコンとか)。どこかのタイミングで捨てないとなぁ。

午後は小金井公園方面に出かける。今日も車だったが、そろそろ自転車かなぁ。身体を鍛えたいわけではなく、移動に使いたいので、クロスバイクかなと思うのだが、電気アシストにするかどうかで悩み、結局まだ買えていないのであった。盗まれても嫌だし、普通のクロスバイクが妥当なところだとは思うが……。

帰ってきてから昼寝して、夜ご飯を食べてから武蔵境駅前にお茶しに行く。本屋が開いている時間帯だったので、いろいろ買い込む。武蔵境って大学がこんなにあるのに、本屋といえばマンガと雑誌ばかりで新書をほとんど置いてない。先日などは、そこそこ大きい本屋に行ったのに、岩波新書がなかったので店員さんに聞いたら「岩波新書は取り扱っていないんで……」と言われて目が点になった。中公新書の新刊を見たいのだが (と書けば分かる人には分かるだろうが)、奈良にいたときより本屋環境が貧弱で、結局 Amazon に頼るしかないのか、という状況である。吉祥寺も大きな町の割に本屋が壊滅的だし、このあたりの人たちはどうしているんだろう。都心に通勤しているので、職場の近くや途中で降りて買っているのだろうか……。

というわけで、本屋で「不格好経営」を購入して読む。

マッキンゼーを辞めて DeNA を興し、社長として切り盛りし、そして家族の介護のために引退する、というようないろんなイベントを、楽しく書いた自伝的エッセイなのだが、文章がとてもよい。筆者はコンサル出身なのだが、「会社経営に批評家は要らない。」という姿勢が一貫していてすがすがしい。そう書くとちょっときつく感じるかもしれないが、人間味溢れる文章で、自身の歩んできた道、つまりコンサルタント (批評家) として自信を持てず逃げるように MBA 留学して、帰国してなんとか自信を取り戻し、コンサルタントとしての自分を確立したかと思いきや、起業して遭遇するのはコンサルタントとしての自分のやってきたことでは乗り越えられない数々の出来事……を描いていく、というわけである。

同時に買った「ゼロからのMBA

ゼロからのMBA (新潮文庫)

ゼロからのMBA (新潮文庫)

も読んだのだが、こちらは MBA 礼賛でちょっと馴染めなかった。泥臭いことをした、と見えるように書いているが、「留学するならトップ10」「履修するなら有名講義」「転職するなら超有名企業」「年収1,000万円ない仕事は却下」みたいな感じで、たぶん自分と単に価値観が違うだけであるが、なんだか疲れる感じであった。東大には、こうやって MBA に行く、あるいは行きたいという人がたくさんいたが……。

あと、「不格好経営」に「コンサルティングと会社経営はレッスンプロとトーナメントプロくらい違う」という話が書いてあったが、そのたとえは非常に納得のいくものである。もちろんレッスンプロが下だとかなんだとか言うわけではなく、そもそもそれぞれが奥の深い別の仕事であり、教えるのがうまいからといって自分でやるのがうまいとは限らないし、自分でやるのがすごくても教えるのがうまいとはかぎらない、という話である。

自分も南場さんのような味のある文章が書けるようになりたいなぁ。