学生を本当に教育する大学のマネジメントとは

京都からの帰り、本屋に寄ると東洋経済の新しい号が大学特集だったので買ってみた。

週刊 東洋経済 2010年 10/16号 [雑誌]

週刊 東洋経済 2010年 10/16号 [雑誌]

ランキング自体の記事はオンラインでも読めるが、大した記事ではないので見るほどのことはないと思う。

個人的におもしろかったのは奈良先端大の記事。今回大学院大学はランキングに入っていなかったせいか、前回のランキングで教育力・研究力1位を飾った奈良先端大に配慮したせいか、4pほど奈良先端大の特集が組まれている。磯貝学長の「NAIST は小さい大学だからよい」という話も載っているほか、情報科学研究科からは鹿野研(音情報処理学講座)と松本研(自然言語処理学講座)が取り上げられている。

鹿野先生は「うちの研究室ではアメリカの大学と同じく修士の学生からお給料を出している」という談話が載っているが、松本先生は「やりたいことに迷ったら基礎をやりなさい、と指導している」という話が載っていて、違いが見られておもしろい。確かに自然言語処理は基礎と応用のはざまにいて、ウェブを相手にしたテキスト解析や知識推論みたいな応用寄りの話もあれば、形態素解析構文解析のような基礎の話もあって、やったら喜ぶ人がたくさんいてくれるのはやっぱり基礎なんだと思う(やってくれる人もとても少ないのが問題だが)。

@unnonouno さんが自然言語処理勉強会@東京に参加したときの資料、統計的係り受け解析入門がよくまとまっているが、こういう「応用にも直結した基礎理論」という研究分野はもっと注目されてしかるべきだと思うし、研究分野に悩んだ学生なんかは取り組む価値があると思う。応用寄りの話は、興味がある学生が1年くらいやっただけで1回限りで終わってしまってあとに続かなかったりして、学問として積み上がっていかないことが多い。学生としてはやりたいことがやれていいとは思うし、それはそれで否定するものではないのだが、迷っているなら学問として蓄積していくことができる基礎を、というのは理にかなっていると思った。

あと上記の東洋経済に関係して、「大学破綻」も読んでみた。

大学破綻 合併、身売り、倒産の内幕 (角川oneテーマ21)

大学破綻 合併、身売り、倒産の内幕 (角川oneテーマ21)

こちらは大学経営に関する本で、新書にしてはとても役に立つ提言が満載、現在行き詰まりつつある大学経営をどう改革するか(もしくはどこで「見切りをつける」か)冷静に分析していて、非常に参考になる。単に学生が減るから危ない、と危機感を煽るだけの本が多いのだが、どうしたらそれを回避できるか、ということに真剣に向き合っているのは、アメリカの大学の経営に本気で何十年も関わった筆者だからできることであろう。

この本がいいなと思うのは、それぞれの大学の特色を活かしてどういうふうにしたらよい教育ができるか、ということを真摯に考えている点で、こういう人が経営する大学はよくなるだろうなぁ、と思うのであった。もしかしたらタイトルは編集者が考えた「釣り」のタイトルかもしれないが、大学関係者は読んでみるとよいと思う。少し Amazon のリビューから引用する。

「大学への愛情、オンリーワンへの愛情の溢れる本」2010/10/14
By xxxCOOLxxx (宮城県仙台市)

 見出しこそセンセーショナルですが、中身は大学、特に中位クラス以下の大学への「愛情」に溢れた本です。
[中略]
 またエリートの集まる一部の旧帝大だけが良い大学では無い、他の大学もしっかりとしたミッションを持って自らの手で他に負けない個性を作りあげていくべきという考え方は、そのまま人生論の一つとしても聞くことが出来る、味わい深い一冊でした。

自分も、このほんの中で、入試で高得点を取った学生がいても「あなたはうちが育てる人材ではないのでもっとレベルの高い大学に行ってください」と断るような判断があってもいい、というのは深く考えさせられた。NAIST も恐らく「やる気はあるが実力が伴わない学生」に対し、実力をつけさせる、というコースとしては優れていると思うが、「勉強はできるがやる気が伴わない学生」に対し、やる気を出させる、というコースとして作られているわけではないだろう。

駒場にいたとき英作文の先生が(シドニーに行く前、さすがに大学で英語の授業を1つも取らずに行くのはまずかろう、と思って1つだけ履修したのである)「わたしのやり方に賛成してくれる必要はないですし、自分のこれから教える方法がもっとも優れた方法であるというわけではないですが、とりあえずこれは授業だと思ってわたしのやり方に従ってやってください。よかったと思えば自分でやるときも取り入れてくれたらいいし、自分には合わないと思ったら取り入れてくれなくてもいいし、ただ、この授業の間は自分のやり方に従って通しで1回やってください」と言っていたことを思い出す。

実際彼女のやり方に従って1学期間やってみて、自分で取り入れた方法は半分もないと思うのだが、なにかのやり方に沿ってストーリーをまとめるということはどういうことか、という参考にはなったし、「体系的に学ぶ」というのは、主義主張があることは全く否定しないし、全てにおいて完璧な方法論があるということを主張するわけでもなく、ある一つのやり方で最初から最後までとにかく一通りやって、自分の中に軸を作る、ということなのではないかと思う。我流でやるのもけっこうで、自分に合ったやり方を模索するのは大切なことでそれは誰も止めないが、まずは「自分の立ち位置」というものをはっきりさせるための、仮想の対立方法論、というものを確立することが、教育でやるべきことなのかも、と思った。