若いときには若いときにしかできないことを

休日だが研究室に出てくる。今日は母語推定タスクの提出日なのだ。最後までバタバタして、〆切1分前に送ったというのも、なんか嫌な雰囲気がしていたが、やはり一部に提出ミスがあったらしい。(そこまで致命的ではないが) 起こってしまったことは仕方ないが、こういうのは気をつけるかどうかでかなり防げるし、繰り返さないように意識したほうがよいのではないかな。

午後はずっと研究室の荷物の整理。とりあえず自宅から研究室に持ってきた段ボールを開けて詰め直し。高校時代の学級新聞や将棋部の部誌が発掘されたりして、思わず読んでしまう (こういうことをするから捗らない)。「麦のように」という学級新聞を自分が発起人として発行していて、高校3年生の秋から始めていろんな人から原稿を募ったりして卒業までに合計8回発行したのだが、どういう記事があったのかすっかり忘れていたので楽しかった。たとえば、高3のときの担任であった、いとう先生の文章。

 「麦のように」編集者から「創刊号に『人生について』六百字の原稿がほしい」といわれ、いい加減に考えた私はおちゃらけた文章でごまかした (※自分の手許にあるのは第3号以降なので、第1号になにが書かれていたのか不明)。するとH君K君 (※=小町) は「これでは駄目だ。自由投稿として扱うからちゃんとしたのをかいてくれ」と真顔で抗議してきた。K君の澄んだまなざしとH君のやや屈折した、斜めに人を見上げるような視線に私は全てを理解した。本気なのだ。(麦のように, 第6号, p.11, 1996)

いま思うと、生意気な生徒であったのだろうが、ああいった生意気さというかふてぶてしさは、若いときでないとなかなか出せないし、そういう若気の至りも含めてよい思い出である。ただ、いとう先生の文章の末尾、「願わくは有志同窓生回覧誌として継続されんことを。そのためにもK君の現役合格を祈っている次第だ。それにしてもこんなことしてて大丈夫か。」と結ばれているのであるが、結局現役合格もしなかったし (あまり現役で合格しようと思っていなかったし)、心配をおかけしてしまったなぁ……。

さて、自宅の荷物は前回奈良から京都に引っ越したときと同様に今回アリさんマークの引越社にお任せしたのだが、研究室の荷物は自分で詰めるので、段ボールに「どの部屋のどこにあった何を詰めたか」という情報を書くというライフハックに感銘を受け、今回試してみる。同時に、詰め直すとき「この箱はしばらく開けなくて大丈夫」「この箱は到着したらすぐ開ける必要がある」という判断をして詰め直した。なるほど、ぐちゃぐちゃに全部スペースを埋めようとすると全部空けないといけなくなるが、半分しか埋まっていなくても内容物別に分けておくと、空けないといけない段ボールをコンパクトにまとめることができて便利。とはいえ、前者はそのまま二度と開けないような気もしてならない (汗)

夜はまた京都へ。休日のせいか、奈良のホテルが軒並み高い (喫煙室は安いのがあるが、喫煙室はどれだけ安かろうと自分は無理なんで……) のである。2013年2月にできたばかりという京都糸屋ホテルというところに宿泊してみる。四条から徒歩2分でとても便利。シングルの部屋でも相当広い (17m^2) はずだが、ダブルの部屋を用意してくれたので、非常に快適。分類的にはビジネスホテルだと思うのだが、設備やアメニティーブティックホテル並み。お風呂もセパレートかつ洗い場つき (普通はユニットバスで湯船の中で身体を洗わないといけない) で、広々としている。ウェルカムドリンクとしてコーヒーを出してくれたり、至れり尽くせりである。オープン直後だから安いのかもしれないが、このクオリティをぜひ続けていってほしいものである。