中高一貫の男子校でフリーダムを満喫する

久しぶりに東京に行かない週末。でも仕事はある……(そして来週は引っ越し)

一時期 Facebook で話題になった もはや御三家にあらず?どうする武蔵! 武蔵高等学校梶取弘昌校長に聞く。前半は、いかにも武蔵っぽい話があるのだが、最後で台無し。

――なるほど。昨今では都立の台頭など、受験業界も徐々に変わりつつあります。これからの武蔵はどう変わりますか。

難しい質問ですね。でも武蔵らしさは残しつつも、確実に変わりますよ。

――それはやっぱり、大学合格実績の話ですか?

そうですね。これから絶対に巻き返していきます。まずは現役合格で実績を残します。期待していてください。

これを武蔵の人が言うというのは強烈な違和感がある。そもそも武蔵では大学の合格なんか目指していないと思うし、現役とか浪人とかもどうでもいい、というスタンスな気がするのだが……。自分などは学校でセンター試験の勉強をしようとしたら、「そんなものは家でやるものだ。学校は学問をするところだから、受験勉強なんてやめなさい」と止められたくらいだし。巻き返す必要はないから、きれいにフェードアウトしたりする (学校としては「そんな道があったのか」というような、アッと言わせる) 方向を目指してほしいものである。

ちなみに、梶取校長は音楽の教員で、中1の1学期の音楽のレポートが「絶対王政について調べてレポートせよ」というもので、20pくらい書いて提出した記憶がある。断っておくと、これは世界史の授業ではなく、音楽の授業である。あと、これは中2のときだったと思うが、中世に歌われていたグレゴリオ聖歌という賛美歌を、当時に使われていたネウマ譜という譜面で読んでラテン語で歌ったりしていた (現在使われている五線譜は16世紀、ネウマ譜から発展したものである)。ベートーベンの第9を (確か中3のとき?) ドイツ語で歌ったこともあった。そういうことをしているから、

――何か特徴的なカリキュラムはあるのでしょうか。

さまざまな特徴的なカリキュラムがありますよ。具体的には中学1年から変体仮名を読むことが挙げられます。江戸時代や明治時代の文章を当時のままの文体で読むんです。中学1年生でもきちんと教えれば十分に読めます。

これは、武蔵の掲げる「原典主義」であり、本物の文章の味わいを感じてほしいのです。今の国語の教科書には注釈や解説が多すぎると思います。当然で すが、当時の人は注釈も解説もなく読んでいたんです。頭の柔軟なうちにちゃんと教えれば当時の文章の風味や雰囲気を味わいつつ読みこなすことができるんで す。

という発言は至極納得であり、人文系の科目は基本的に原典 (手書きのものだったり、当時の活字だったり) で読む、という経験を中学生のときに叩き込まれているので、独特な人たちが育っているのではないかと思うのである。あと中学生のときから週2回物理・化学・生物などの実験で数枚以上 (いつも10pくらい書いていた) のレポートを書く (いま考えると、理工系で書くような、背景・目的・手法・結果・考察からなる、スタンダードなもの) ので、かなり文章を書くトレーニングも受けたと思う (添削してくれるわけではなかったが)。

まあ、筑駒生は3カ月の受験勉強で東大に行くだとか麻布生は中1から領土問題を論じますという記事を見ると、どこも別に大学受験に特化した教育をしているわけではなく、自由にやらせているような気もするが……。

東京で子育てすることを考えると、保育園の問題もさることながら、教育の問題が頭痛いので、住むなら関西のほうがいいんだけどなぁ。