松本研の助教という仕事のpros and cons

ようやく修士論文のチェックに戻ってくる。午前中、午後合わせて2件コメント。合間に hiromi-o さんと今後の予定について話したりする。言語教育グループも、いろいろと変わりそうである。

実は昨日、松本先生が自然言語処理メーリングリスト松本研の助教の公募を出していた。2月28日〆切。「デキ公募に見えるようにはしたくない」とおっしゃっていて、要件も割合一般的な感じで書かれている。ちなみに「Webデータマイニング機械翻訳、言語教育」と3つ分野が上がっているのは、それぞれ今自分が関わっている「ソーシャルメディア解析勉強会、機械翻訳勉強会、言語教育勉強会」にそれぞれ対応していると思われる (機械翻訳勉強会は最近 [twitter:@kevinduh] さんと [twitter:@neubig] さんに任せっきりで、2ヶ月に1回くらいしか顔を出していないが……)。もっとも、これまでの研究グループを引き継ぐばかりでなく、新しい研究をスタートする、というのも奨励されると思う。同僚となる @kevinduh さん @neubig さんだけでなく、松本先生や中村先生をはじめ、自然言語処理の研究をするには (構文解析のような基礎的なものから、情報抽出のような応用的なものまで) すばらしい環境なので、我こそはと思う人は応募するとよい。

さて、これが出ているということで、事情通の方には明らかであろうが (国立大学は教員数が決まっているので、応募が出るというのは辞める人がいるということ)、自分は3月末で松本研を離れることになった。35歳の節目で新しいことに挑戦してみたかったので、海外に行くことも含めたいくつかの公募に応募していて (大学に限らず、企業の人の話を聞いたりもした)、そのうちの1つにお声をかけていただいたのである。

一応松本先生は事あるごとに「そんなに急いで出なくていいのではないか、うちにいたければいつまでいてくれてもいいし」とおっしゃっていただいていたのだが、もともと2-3年助教で働いて、大学教員が自分に向いているかどうか見極めようと考えていて、2年目で松本先生が副学長になって仕事が忙しそうだったので、それならもう1年いようか、と思った次第であって、いずれにせよ今年はなんらかの形で松本研を離れるつもりでいた。

任期に関して言うと、5年任期 (3年間の再任が可能なので、実質的には合計すると8年) で採用されてこの3月末で3年目だが、任期の有無がキャリア選択に影響を与えたかというと、確かに影響を与えている。もし任期なしであれば、助教のうちに1年くらいサバティカルを取って海外に行ったり、長期の育児休暇を取って子育てしたりしたかったのだが、まあ人生タイミングなので、そういう巡り合わせではなかったということであろう。

結局大学教員の仕事もいろいろ大変なところはあるのだが、割合好きな大変さでもあったし、試行錯誤することもたくさんあったが、失敗することも含めてなんとかやっていけそうだと思ったのが大きい。あと、やっぱり企業に行くにしても重視したいことの一つであった、若い人と一緒に仕事ができること、というのが一番可能なのは大学という組織なので、今後も大学にいたら幸せに過ごせそうだ、と思ったことが決め手だろうか。(時間がかかるのが嫌な人もいるだろうが、自分は数年単位で時間がかかることは苦ではない)

というわけで、4月1日から新天地で心機一転して仕事に取り組みたいと思っている。

さて、上記の松本研の公募にどなたが応募してどなたが来てくれるのかは分からないが、応募するかもしれない人にいくつかメッセージ。

松本研の最大のメリットにしてデメリットは、やはりよくも悪くも学生数が多いことで、けっこう時間がない、ということかな (これは Kevin さんも自分も全く同意見)。他の大学の人の話を聞くと、モチベーションが低い学生ばかりで苦労する、という話題がしょっちゅう出るのだが、幸いなことに NAIST は大学院からわざわざ来る学生なので、モチベーションが低い学生にはあまり出会ったことがない。逆に、モチベーションは高いのだが実力が伴っていない (実装もしないうちからどの学会に出すとか仲間内で盛り上がったり、結果が出ていないのにフライング気味に発表を申し込もうとしたり) という学生が多く、そういう学生のサポートをしよう、と思うと、かなりの時間、相当、手間暇がかかるのである。

助教としての対応策としては3つくらいある。

1つは覚悟を決めて取り組むという立場である。学生が研究するのは、初めてなこともあるし、単に時間がかかるだけで、うまく行く人もいれば行かない人もいるし、ときどきは「なんでこんなことを言われないといけないの」「なんでこんなことまで言わないといけないの」と思うこともないわけではないが、やる気のある人を手伝うのはやる気のない人を手伝うのと比べると遥かに精神衛生上は気楽である。思ったように行かなくても基本的には自分の言い方がまずい (誘導に失敗) だけなので、次回は気をつけよう、と思えばそんなにしんどいわけでもないのである。悪い点といえば、もちろんのこと、際限なく時間がかかる可能性があり、人数が増えると (自分の使える時間は有限なので) 破綻することである。

もう1つはサポートするのは諦めて、やる気と能力のある学生だけと一緒に研究し、それ以外は自分で研究する、という立場である。エリート主義あるいはえこひいきに思えるかもしれないが、そんなこともなくて、十分モチベーションと能力の高い人たちがいる環境では、手取り足取り教える必要はなく、むしろ一部の研究能力が半端ない人が存在することによって勝手に刺激されて発奮して研究を進めていくのである。たとえば、多数の学生に時間を使ってそこそこのレベルの国際会議に学生を筆頭著者として何本か論文を通すより、自分で研究してトップレベルの国際会議にコンスタントに自分が筆頭著者として論文を通すほうが、最終的には研究室全体が活性化する可能性がある。悪い点といえば、能力あるいはモチベーションのいずれかが欠けてもこの方法はうまく行かないという点と、ある程度少人数のグループでないと、同じメンバーでモチベーションを持続させることが難しい (論文を書かないで批評ばかりする人が出てきたり) ことである。

3つ目は、これらのハイブリッドと言えるかもしれないが、学生同士協力し合う環境を作る、という立場である。そうすることによって、自分が面倒を見るだけでは時間がスケールしないという1つ目の立場の問題点と、グループが肥大化すると維持するのが難しいという2つ目の立場の問題点を解決することができる。ただし、この第3の方法の問題点としては、最初は覚悟を決めて学生の研究レベルを上げることに専念する必要があり、そういうグループができるまでに2-3年かかるので、博士後期課程に進学して残ってくれる人がいないといつまで経っても楽にならないかもしれないということである (だから、片手までやろうとすると、結局何もしない方が楽かもしれない)。また、グループが自然に組織されて協力してくれればいいが、これは非常にコントロールしにくい。そもそも、コントロールしようとしない、というか、そんなこと考えすらしないほうがいいと思うけど……

結論としては、短期的にどうするか、長期的にどうするかを考えて、時間のやりくりをしないといけない、ということかな。普通の研究室では5年くらいいるとだいたい一通り経験できると思うのだが、松本研は学生の人数が多いので、2倍速くらいで時間が過ぎるので、ある意味一気に経験を積むことができるのは (逆説的ではあるが) メリットかもしれない (ポジティブシンキング!!!)。この3年で (ほとんど何もしていないのに共著者あるいは副指導教員に名前が載っている、というのではなく、実質的に相当の時間をかけて) 面倒を見た修士の学生の人数を数えたら40人を超えていたのだが、他の研究室でこの人数に達するのは、相当の年月が必要であろう。

もう一つのデメリットは、松本研はあまりに居心地がよすぎるので、気を付けないとずっといたくなってしまう、ということかな……(博士の学生を見ていても思うが)。適正な期間以上在籍してしまうと、なかなか出にくくなってしまうので、出るなら適当なタイミングで出た方がいいと思う。たとえば松本先生から「研究費は気にしなくていいので、好きに研究してよい」と言ってくださったのはありがたいのだが、本当に研究費の申請を全くしないとなかなか公募に出せなくなるし、環境がよすぎるのがデメリットというのも妙な話なのだが、これが本心である。(他にも松本先生には教員になってから本当にことあるごとに育てていただいている、困ったことがあったらなんとかしてくださる、というのがあって、感謝してもし切れない。松本先生以上の上司には、たぶん一生会えないと思う。自分が上司になることがあったら、せめてものご恩返しで、松本先生がしてくださったように部下にしてあげたい。)

期間に関しては、上記のように密度の濃い時間を過ごせるので、学生としても助教としても、5年くらいがちょうどいい期間なんじゃないかな。最初の1年は環境に慣れるのに使って、2年目から本格的に研究をスタートして国際会議に通るようになり、3年目で軌道に乗ってきて研究室内外の共同研究も増えてきて、4年目以降は毎年学生が論文誌に通してくれるようになるので、任意のタイミングで「卒業」する、というような感じだろうか。

どなたがいらっしゃるにしても、得難い経験ができることは間違いないし、学生一同新しい方がいらっしゃるのを心待ちにしていると思う :)