かっこいい仕事がよい仕事であるとは限らない

夏に向けて寝室の模様替え。けっこう風が流れるようになった。網戸がほしい……。

午後だけ休日出勤。片道1時間以上かかるようになってから、月1回くらいしか休日出勤していないのだが、今日は本日投稿〆切の論文があったのと、ワークショップの中間結果提出〆切の当日だったので、出勤していたのである。後者は特に何の問題もなく終了。前者も特に何の問題もなく終了。平和な一日である。(明るいうちに研究室から帰れると爽快感があるが、そもそも休日であった)

せんたん最新号のp18に松本研のOBの[twitter:@yuutat]さんの記事が。挑戦的な仕事をすることと、信頼されるような仕事をすることが大事である、というお話。

確かにみんなが注目している流行の研究をするのではなく、みんなが注目するような仕事をする、流行を作り出すような仕事をするのが優れた研究である。必ずしも他の人が最初から重要性を分かってくれるとも限らないし、あえて他にやっている人がいないところに踏み込む必要があり、他人の評価にビクビクしていてはなかなかできない仕事なのだろう。先日も「若い人はかっこいい仕事をしたがる。かっこいい夢物語は妄想してくれてもかまわないが、かっこよくなくてもちゃんと成果の出る仕事をしてほしい」という話を聞いたり (大学院でも全く同じ)、どこも同じだなぁと思ったり。

また、信頼されるような仕事をする、というのも大事で、期待を裏切ったり、相手に迷惑のかかるような仕事の仕方をしてはいけないのだなぁ、と痛感する。これは自分もまだ色々な方にご迷惑をおかけすることがあるので、気をつけないと……。

上記の話とは関係ないが、NAIST入試の小論文関係の問い合わせでも書いたが、いま情報系では最先端の研究は英語の論文を読むしかないので、日本語の論文をまず探す人は考えを改めたほうがいいように思う。また、修士で入学したばかりの人に言いたいのは、とりあえずメジャーな国際会議の論文を100本読むこと。(日本語そのものを題材にした研究でないかぎり) 日本語の論文の存在はとりあえず忘れて、英語の論文を読むこと。

なにがメジャー国際会議かは分野によって違うのでなんとも言えないが、自然言語処理であれば ACL, NAACL, EMNLP, COLING あたりまでかなと思う。経験的には、自分のやりたいことに近い、ワークショップ (あるいは聞いたことのない国際会議) の論文より、やりたいタスクと直結はしないが、それなりの定評のある国際会議に通った論文のほうが、参考になる論文に当たる可能性が高い。

教科書や講義、チュートリアルみたいなので、途中までは一気に行けるようなところまでは行けるのだが、結局研究は車に乗って高速道路を走るようなものではなく、自分の足で道を切り開いて道なき道を進むようなものであり、先人の研究の取り組みそのものを見るのが一番勉強になるのではないかな。100%正しい、といえるようなものがないところで、手探りの研究をしなければならないのは、「ではどうやれば正解なんですか?」と思う人には、耐えられないかもしれないが……。(「こうやれば100%ホームランが打てる」なんて方法はないわけで、3割ヒットが打てたら上出来、やれるのは打率を上げる努力なだけで、当初の予想通り物事が進まなくても、なんとか打点につなげられるかどうかが、腕の見せ所である。)