なぜ奈良先端大で人材は育つか

先々週くらいに読んだ本だが、NAIST図書館で買ってもらった「なぜ、国際教養大学で人材は育つか」はおもしろかった。

なぜ、国際教養大学で人材は育つのか (祥伝社黄金文庫)

なぜ、国際教養大学で人材は育つのか (祥伝社黄金文庫)

この大学を知らない人のために補足しておくと、こちらは昔ミネソタ州立大学の秋田校だったが、日本の大学としての認可が下りず撤退したのを秋田県が引き取って、開学して7年目、という新しい大学である。Wikipedia にも経緯と大学の特色が書かれている

偏差値ランキングも(秋田にある)新設大学としては高く、代ゼミのランキングで見ると一橋の社会学部に続き、阪大や筑波、東京外大より上である(ちなみに国際教養大学は独自日程で試験をしているのでここに入っている)。使う科目数が他の大学より少ないので、他の大学と単純に比較するのは不適当だが、受験生からも高く評価されている、ということがランキングからも分かる。(はるか昔に大学受験した人は知らない大学かもしれないが、奈良先端大の知名度も似たようなものなので、同情する……)

特色はというと、授業は全部英語、1年間の海外留学を義務化(TOEFL ペーパーベースで550点取れないと留学させないが、これがクリアできず留年したり退学したりする人もいるそうで)、入学直後は入寮を義務づけて留学生とルームシェアさせる、インターンシップの推奨といったところだが、こういう大学が日本で作れて、就職(就職率は99%、JPモルガンなど外資系企業もこぞって採用したがる)も受験生からの人気もトップクラス、というのがすごい。こういう教育は、旧帝大系のようなお勉強中心の大学からはなかなか出てこないんじゃないかな、と思う。

そのあたり、たぶん筆者と自分は思いを共通している。

偏差値だけの優等生はいらない
[...]
 就職がいい、偏差値も高い。あの大学なら、いい会社に入れるに違いないーー。
[...]
 国際教養大学は、外国語も含めて教養教育をきちんと教えることを開学の理念としており、真剣に勉強しないと必須の海外留学もおぼつかないし、四年で卒業できる保証などまったくないのです。どれほど難易度の高い大学でも、入ってしまえば、よほどのことがない限り卒業できる、他の日本の大学と同じように考えてもらっては困ります。
 受験生や親御さんが、そのあたりを履き違えていないか、少々心配です。
 一番困るのは、「就職がいい」「高偏差値」という理由だけで、受験勉強ばかりのモヤシっ子みたいな優等生が増えて、いわゆる "偏差値大学" になってしまうことです。
 就職のよさや受験の難易度だけで大学を評価するのであれば、別に秋田の国際教養大学でなくてもいいわけです。実際、そういう大学は東京や大阪、京都などの大都市に行けば、いくらでも見つけることができます。
 国際教養大学の存在意義は、秋田市郊外の森のなかでーーそれこそ近くにコンビニもスーパーもない田舎でーー狭いけれど、とてつもなく広い、世界にダイレクトでつながる教養教育を徹底して行なうことにあるのだと思っています。
 はっきり言いますが、勉強は厳しいです。授業が終わっても、寮に帰って宿題が終わるのは夜の十一時、十二時はあたりまえです。「久しぶりに会った高校時代の友だちとまったく話が合わなかった」とはよく聞く話で、合コンなど、ふつうの学生ならあたりまえのイベントも皆無に近いのが実情です。勉強に追われて、そんな暇はないのです。
 そんな学生生活を一言で言い表すとすれば、まさに「国際教養との格闘」です。(pp.187-190)

国際教養大学」を「奈良先端科学技術大学院大学」に置き換えると、まるで NAIST の話ではないかと思うくらいなのだが、就職がいいとか偏差値が高いとか知名度があるとか、そういう理由で学校を選ぶ人は東京とか大阪とか京都とかにある大学に行けばいいわけで、あえて秋田なり奈良なりにある学校に来るなら、数年間どっぷり勉強なり研究なり留学・インターンシップなりに打ち込んで、嫌になるくらい勉強漬けになって出て行くほうがいいと思う。

人によっては東大や阪大に行く学生に来てもらいたいと思っているのかもしれないが、自分としてはそういう学生を無理に説得して来てもらうことはないと考えているし (というか松本研はすでに人数あふれているし……)、東大など他の大学に進学した人たちが「NAIST に行った人たち、楽しそう! 自分も行けばよかった!」と悔しがるような (実際 [http://twitter.com/tkng:title=@tkng] さんからもそういう意見を聞いた(笑)し)、NAISTNAIST で、都会の大学と違って、そういう大学を作っていけばいいんじゃないかな。

うちの研究室も今年修士の人たちがいたくがんばっており、ACL という自然言語処理のトップ国際会議に(short paper ではあるが)通した @tettsyun くん、CoNLL という知名度はそれほど高くないが採択率は3割くらいの難関国際会議に full paper を通した @smly くんに続き、AAAI という人工知能のトップ国際会議に @syou6162 さんが(投稿当時M1ながら)通したと聞き、奈良にいてもこうやって世界を相手に戦えるわけであって、猫も杓子も東京みたいな大都会にいる必要はないし、我々は我々で細々と地方でやってればいいのではないかと思う。(震災みたいな非常時は、研究拠点は地方に分散していたほうが頑健だしね)

@syou6162 さんおめでとう! 他の2人もおめでとう!

あと蛇足だが「異端の系譜 慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス」

異端の系譜―慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス (中公新書ラクレ)

異端の系譜―慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス (中公新書ラクレ)

NAIST図書館で買ってもらって読んだ。この本自身、第3章以降のインタビュー中心になっているところはなにが言いたいのか分からず散漫な印象を受けるが、第1-2章の湘南藤沢キャンパス(SFC)の設立の経緯はおもしろかった (他の本を読んだことがなかったせいかもしれないが)。

SFCはAO(アドミッションズオフィス)入試という入試をいち早く導入したことで有名だが、いまも定員200人(相対評価ではなく絶対評価なので、定員に達しない年もある)で取り続けている。形だけAO入試を取り入れた大学は、AO入試で入学した学生がよくない、と取りやめる大学もあるようだが、SFCではものすごい時間をAO入試に寄る学生の選抜にかけているし、実際効果も高いので、時間の許す限りAO入試にしたいのだそうだ (ペーパーベースの試験を廃止したいが、AO入試に手間がかかるのでできない)。

 AO入試による入学者は、男女別では女性が、国公私立別では国公立高校出身が、全体より多くなる。その学業成績は、一貫して他の選抜方法による入学者を上回っていた。また、AO入試による入学者は全体の二割程度だが、[...]「塾長賞」やこれに準ずる「塾長奨励賞」などでも、全体を上回る割合で受賞者が出ている。しかも進学したことへの満足度という点でも、AO入試入学者は九五%か満足しており、一般入試入学者の八五%を上回っている。(pp.82-83)

ということで、じっくりオープンキャンパスで話を聞き (来ない学生もいるけど)、書類と小論文と面接で選抜する(ペーパーテストがない) NAISTの試験も、小規模な大学だからできているのだろうが、いい制度だと思う。オープンキャンパスでは受験希望者全員と話したいので、希望者がいたら帰さず案内してほしい、と松本先生はいつも言っているが、受験希望者と最低10分は全員と話す(20人来たらそれだけで200分)手間は相当なものだろう。

必ずしもペーパーテストで高得点な人が取れるわけではないが、逆にボーダーラインで「この人はペーパーテストだったら微妙かもしれないが、やる気はあるし、おもしろいことを言っているので取ろう」ということができるので、これはこれで NAIST の特色として続けていってほしいものである。(自分は入試のプロセスに関係していないので、全然入試の人は違うことを考えているのかもしれないけど)