成長したいなら東京より北京

いろいろ紆余曲折はあったが、奈良から北京へ。サマーインターンシップということで、@tettsyunくんが今週からバイドゥ(中国のシェア8割の検索エンジン)に3ヶ月間行くことになった。自然言語処理関係の学生から毎年2人は海外にインターンシップに行ってほしい、と思っているので、これで今年の自分的目標は達成 (笑)

彼が中国に飛び込んでエンジニアとして働くように、留学といっても英語圏ばかりではない。日本しか見えていない人はさすがにいないと思うが、英語圏しか見えていない人も、日本しか見えていない人とどっこいそっこいである。「アメリカの有名大学/企業に行かないと意味がない」などと考えているアナタ、その考えは改めたほうが人生楽だと思う。(余計なお世話だろうが)

で、最近@hidekishimaさんが執筆に携わったという「理系大学院留学 -- アメリカで実現する研究者への道」

理系大学院留学―アメリカで実現する研究者への道 (留学応援シリーズ)

理系大学院留学―アメリカで実現する研究者への道 (留学応援シリーズ)

を注文してみた。これ、学部3年生以下の人はとりあえず注文してみるとよい。自分が知りたかった(けど大学院に入ってしばらく経つまで知らなかった)ことが全部書いてある。そもそもアメリカの大学院は私立大学がほとんどなので学費がめちゃくちゃ高いのだが、自分は学費だけ見て「これは無理」と諦めたのに、PhD コースは基本的に学費無料、お給料まで(年間数百万円)出るので、必要なお金は行きのチケット代くらい、と知ったのはM2に上がってからである。もっと早く知っていたらアメリカの大学院に行っただろうに、と思うのである (ただしその場合は自然言語処理ではなかっただろうし、工学系でなかったらやっぱりそこまでお金周りよくないので、結局出費がすごかったかもしれないが)。

内容としては基本的にはアメリカの大学院に行く人向けの本なのだが、なにがなんでもアメリカの大学院がよい、という話ではなく、7割はポジティブなことが、3割はネガティブなことが書いてあり、日本の大学院のほうがいいところ、という話もあったりして、努めて中立的にしようという感じがあって好感が持てる。アルクの本だから仕方ないのかもしれないが、ところどころに「日本でも英語がんばりましょうね」という話が(周りの文脈から浮いた形で)入っているのはご愛嬌。

たとえば、英語で仕事がしたいからアメリカへ、という人は、少なくとも理系では少ないこともこのデータから分かる。たとえば p.9 には23人のアンケート調査から抜き出した結果が書いてあるのだが、来る前アメリカに留学することにした理由は

  1. 授業料免除と生活費をもらえるから 13人
  2. 英語力を高めたかった 10人
  3. 専攻・研究分野を変えたかった 8人
  4. 基礎から学べて充実したコースワーク 8人 (同率3位)

であり、同じ人たちに実際留学してよかったことは

  1. 確かに授業料免除と生活費をもらえた 8人
  2. 充実したコースワークを通じて幅広い基礎力がついた 5人
  3. 英語で発表・議論することが苦でなくなった 4人

なので、ユーザベースで考えても英語が理系大学院留学では重要ではないことが歴然である。

むしろ、大学院留学の本なのに、入学してからの研究がどういうものか、どれくらい苦しいのか、そういうような話が(巻末の、教授陣からのメッセージ以外)入っていないほうが気になるかなぁー。

大学院に進学すると、お勉強気分で来た人が苦労するのは、日本の大学院に進学しようとアメリカの大学院に進学しようと同じであり、「日本かアメリカか」ではなく「研究かそれ以外か」という軸は本書の対象ではない、というのはその通りなのかもしれないが、これでは単なるマニュアル本になってしまっている。(マニュアルとしては出色の出来なので、留学する気がない人でも読んでみると参考になると思う)

言い換えると、何をアメリカで学ぶか、何を勉強すればアメリカに行けるか(what)、どうアメリカで学ぶか、どう学べばアメリカに行けるか(how)、なぜアメリカで学ぶか(why)は書いてあるのだが、あくまで研究者になる以外の選択肢がほとんど眼中にない人が対象であり(登場人物の挿話は99%くらい東大・京大・早慶の出身者である)、その時点で自分は違和感を感じる。

そういう意味では、一番最後の教授たちからこれから留学を目指す人へのメッセージが一番自分としては読んでよかったと思う。以下は東大農学生命科学系研究科教授の東原さんからのメッセージ。

 私が1995年に帰国したころ、まだそれほど留学経験者がいなかったので、留学について質問をしに来た人がけっこういました。その中で3つパターンがありました。1つ目は留学することを決めている人。2つ目は迷っていると言いながら、おしりをたたくと、ぽーんと留学してしまう人。3番目は、日本の大学院へ行こうか、アメリカの院へ行こうか迷っている人。この3番目の人は結局、ほとんど海外留学しませんでした。そういう人は日本の大学院へ行った後も、迷いながらブラブラしている人が多いですね。[...]
 私のところに来て、メリットやデメリットは何でしたか、と聞きに来る人は、結局留学しなかった人がほとんどです。そうではなく、結果的にやれる人は、どんな道に進んでも、デメリットをなくして、すべてメリットにしてしまいます。(強調引用者)[...]
 あと1つ言いたいのは、これから大学院を受けようという人は、トップ大学を狙う必要はないですよ。トップレベルの大学でないといい研究はできない、と思っている人は多いかもしれません。でもアメリカでは、二流大学でも素晴らしい研究トレーニングをしてくれます。私は点数が足りなくて、二流大学に行きましたが、立派な教育を受けられました。(pp.251-252)

これ、留学、じゃなくて博士後期課程進学、に変えても同じで、進学する前から「行ったらなにがデメリットですか、なにがメリットですか」と聞く人、こういう人は結局踏み出さないのではないかと思う。留学、に変えて、就職 (転職)、でもいい。デメリットを知ってリスクを回避しているつもりかもしれないが、研究はどこかでハイリスクハイリターンなことをしないといけないので、なかなか難しい。もちろんローリスクローリターンなものと組み合わせてバランスのよいポートフォリオを作るのが賢いが、ローリターンなものだけでは壁を越えることができないんじゃなかろうか? と思うのである。(まあ、自分も海外で働く、ということ以外そこまでハイリスクなことをしていない気もするが) 誤解のないように断っておくと、研究するだけが人生ではないし、ハイリスクハイリターンが取れない性格の人は、研究以外の道のほうが向いているかもしれない、と言いたいだけで、研究のほうがそれ以外よりいい、と主張する気は毛頭ない。
同様に、MIT教授の浅田さんの「MIT の大学院に入学して成功している学生の共通点はありますか」という話も参考になる。

 入学時のGPAはオールAがほとんどですが、成功しない人もたくさんいます。優秀なのに成功しない人の半分くらいは、うまくいかない理由ばかり正確にたくさん見つけられる人や、新しいアイデアの欠点ばかり目がいく人です。こういう人は、研究のベースとなる知識は常に変わっていくというダイナミクスがわかっていない。知識を固定的に考えてしまい、結果的になにもできません。
 研究者にとって楽観性というのは絶対必要ですね。知識だけにこだわりすぎない、無知からくる情熱も必要です。また、先生との関係も重要ですから、自分に合っていて、才能を伸ばしてくれる研究室を探すことが大事です。若いときは、何かのきっかけで才能が伸びますから、(教える立場として)そのプロセスを見るのは非常に楽しいですよ。

「これはなぜこうするのか」ということを延々突き詰めるのも、確かに理解するのは大事ではあるが、うまく行きそうにない理由を (実際に試すことなく) 知識としてだけつけていく、というのは研究者向きではないのだろうな、と思う。無駄だと分かっていることを逐一試しているといくら時間があっても足りないので、全部なんでも自分でやろう、という態度は極端ではあるのだが、知らないことが逆に武器になることもある、というのはその通りだと思う。自分も理屈から入る (うまくいかない理由が目につく) 性格なので、あーだこーだ言っている暇があったら実装し、楽しそうだと思ったら直感を信じて突き進む勇気が必要だなぁ。「自分に合っていて、才能を伸ばしてくれる研究室を探す」ということに関しては、松本研以上のところは考えられない、という自信はあるが (笑)

というわけで、3ヶ月北京で体当たり生活する @tettsyun くんに超期待、10月奈良に帰ってきたときの土産話を楽しみにしていよう!