博士の学位が取り消されるとき

以前ご冗談でしょう、セルカンさんでも取り上げたが、彼の学位がとうとう取り消されたらしい。(リンク先は東大の記者発表)

 東京大学においては、アニリール・セルカン氏(以下、アニリール氏という。)の学位請求論文に係る盗用の疑いについて調査した結果、概要下記のとおり重大な不正行為の事実を認定し、学位の授与を取り消すことが相当であるとの結論に至った。

1.当該学位請求論文(和名:「宇宙空間で長期居住を可能にする軌道上施設に関する研究」)
においては、他の著作物の一部を盗用した箇所が、全文376ページのうち149ページ(全体の約4割)にわたって存在する。

2.その主要な部分(第6章)においても120ページのうち53ページ(約4割)について、既発表の文献資料並びにウェブサイト上に公開されている文章もしくは図表を盗用して構成している。

3.これらの広範にわたる盗用について精査すると、出典不記載に止まらず、自らの創作物であるかのように偽装した悪質な盗用と判断できる箇所が11箇所、その疑いがあると判断できる箇所が計10箇所存在する。
  <悪質な盗用の態様例>
 ・ 原典における主語を著者に相当する語(I等)に置き換える
 ・ 原典の表現に著書の関与を加筆(by the Author等)

ここまで大々的に暴かれたのは画期的である。大体こういう告発というのは、内部の人が告発すると告発した人が「なんであんなすごい人にいちゃもんをつけるんだ」と逆に追い出される(ので告発できない)ものなのだが、途中から2ちゃんねるの人たちによる検討がものすごい勢いで進み、ここまで追いつめたというのは信じられない。内心自分も「グレーだけどまともに取り合われず、教授たちが保身に走り、もみ消すのではなかろうか」と思っていたので、短期間(あれからまだ半年程度)でここまで進展するとは思いもよらなかった。

自分もあと20日もしたら学位記を受け取る立場になる(3月24日が学位記授与式)わけだが、博士の学位というものについて深く考えさせられるものである。

情報系は基本的に外部の査読付き論文誌(国際会議)に通った論文をベースに書くので、全部剽窃して名前だけ書き換えた論文が査読を通ってしまう危険性はあるものの、こういう間違いは起きにくいだろう。情報系では提案手法の鮮度も重要なので、古い論文誌からコピペしてきたものは通りにくいだろうし、ほとんどの主要な論文は電子的に公開されている(無料で登録しなくても PDF がダウンロードできることも多い)ため、査読者が査読するとき検索するとすぐに類似論文として引っかかるため、盗用したものがまんまと日の目を見る可能性も低い。

「学位の審査を外部に丸投げしているだけで、大学だけで判断できないとは何事だ」という批判はあるのだが、大学だけに判断を任せた結果がこれなわけで、丸投げで結構、ちゃんと(できれば double) blind で査読付きの外部の機関による審査があったほうがよい。自分は博士論文の審査委員に外部(Yahoo! Labs, University of Southern California)の Patrick Pantel さんに入ってもらったが、やはり学位の審査にはなんらかの形で外部の人に入ってもらわないと、質の担保ができないのは致し方ない。(性善説ではうまくいかない、ということなのだろう)

しかし当のアニリール・セルカン氏は報道でもまだ肩書きは東大助教なので、取り消されるのは学位だけで、仕事は辞めなくてよい、ということなのだろうか。懲戒免職にするのか、それとも自分で退職するか分からない(お給料ももらえるのならほしいのだろうし)が、居づらくなってそのうち辞めるであろうことは想像に難くない……。

やったことは許されるものではないが、ここまで人を魅了する話し方はそうそうできるものではないし、その才能を他の分野で活かして再出発してほしいものである。一度失った信用を取り戻すのは大変だと思うが、元々ないはずのところに嘘で塗り固めて築いた信用でもあるし、なくなってよかったのだと思う。また研究の分野に戻ってくるのであれば(当人がしたいのであれば、だが)、産みの苦しみをちゃんと味わって、研究は大変であって学問にショートカットはないことを噛みしめ、他の人の仕事(アイデア、論文、イラスト、etc)に敬意を払うことを忘れないでほしいものである。