門脇先生の思い出

東京大学大学院総合文化研究科教授の門脇俊介先生が亡くなったとの報を同期の U 原から受け取る。寝耳に水でびっくりした。

まだ55歳というのは、若すぎる。自分が駒場に入学したころはちょうど UC Berkeley に留学されていたのだが、そのうち戻ってらして「現代哲学」やらなんやらの授業を取ったりしたものである。テキストは

現代哲学 (哲学教科書シリーズ)

現代哲学 (哲学教科書シリーズ)

で、それまでこういういわゆる大陸哲学(デカルトとかカントとかフッサールみたいな)の研究をしようと大学に入った(そのため英語の必修を振り替えてドイツ語・フランス語履修にした)のだが、こりゃ自分の出る幕ではない、と思って方向転換した、という意味では、自分の人生における転換点の一つであった。それまでは、よく内容が分からなかったからやりたいなと思っていたのだが、明晰に(いや、哲学の話なので歯ごたえはあるのだが)現代哲学をギリシャ哲学の昔から説き起こしてくれたので、これは次にやるべきはこれではなく科学哲学(分析哲学、もしくは言語哲学)だな、と思ったのであった。

研究テーマ以外にいまでもはっきり覚えているのは当時 San Diego State University に在籍しておられた Andrew Feenberg 先生が3ヶ月ほど大学院の集中講義にいらしてたので、参加させてもらったときのことである。一言補足しておくと、文系分野においてはもぐるのは普通であるし、むしろ教員のほうが推奨している。単位のためにやる気のない人が来るよりは、単位関係なく来て活発に発言してくれたりするほうが嬉しいのである。ちなみに、Feenberg 先生は技術哲学 Philosophy of Technology の著名な研究者である(そんな分野が存在することを知らない人もたくさんいるであろう。自分もこの授業を受けるまで知らなかった)。

そのころすでに日記をつけていたので、2001年6月13日の日記を引用すると、

Feenberg 先生の授業中、1回は必ず質問するように(質問することがなかったら捏造してでも)心がけているのだが、今日の質問は分からないから日本語で言って他の人に通訳してもらって、と言われてしまった。ぐぅ。授業のあとも隣に坐っていた門脇先生から「もっと英語の勉強しなよ」と釘を刺されてしまった。

実はここで「もっと英語の勉強をしなよ」と書いたのは、優しい表現に言い換えていたのであって、実は「東大生なのに恥ずかしくないのかね」というような小言を言われたりして、自分としては「くそー! そんなこと言われるくらいなら、英語圏に留学してやる!」と思って発奮したのだった。(実際、翌年シドニー大学に留学して哲学や科学史言語学の授業を履修した) そういう意味では、あのとききつい言葉で言ってくれたからこそ(あと大陸哲学はこういうものだと教えてくれたからこそ)、その後の自分があるので、とても感謝している。

後日談として、留学後 2003 年にもFeenberg 先生が1ヶ月いらっしゃったのだが、そのときは割と英語で喋れるようになっていた。リンク先見て思い出したのだが、小林泰夫先生が「こんな授業1年2年にはもったいない、分からないことを分からないやつが分からないように言っているのがいいんだ」と言っていたそうだが、いかにも哲学(衒学?)的。自分はそういう雰囲気とはちょっと距離を置いて工学に来てみたが、煙にまくようなことを言うのがいいって思っている人たちもいるのよねー。

もう一つ思い出したのだが、あるとき、門脇先生の学生さん(留学生)が修士論文だったか博士論文だったかを読んでほしいと持ってきていたのだが、「きみの論文なんて読みたくないね。もっとちゃんと書いてから持ってきてほしい」「それでも読んでください」「嫌だね」と押し問答をしている場面に遭遇したことがある。授業の始まる前だったのでみんなしーんとしてそのやりとりを聞いていたのだが、結局受け取ってもらえなかったようである(その後その留学生がどうなったかは知らない)。それを見て「大学院に進むのって相当な覚悟がいるのだな」と思ったのだが、卒業に値しないと思ったら落とす、というのはある意味健全な大学院でもあるし、厳しいことを言う人も必要なんだろうと思う(哲学科では留年する人は珍しくない)。

そういうわけで、自分の門脇先生像というのは、怖いけど筋は通し、学生の尻を叩いてレベルを上げる先生だったなぁ。飄々としていてあまり学生のことは気にかけない(浮世離れした?)人が多い哲学の研究者の中で、人一倍学生思いだったように思う。研究を離れるとよく笑う快活な先生で、ジョークを言ったりしていた。

お通夜(3月2日)と告別式(3月3日)には行かれないのだが、奈良からご冥福をお祈りしております。
科学史・科学哲学分科卒業の方など、お通夜と告別式に参列されたい方は、詳細転送致しますのでメールください。