英語の壁を諦めてから拓ける道もある

どうやら寝る4時間前までにご飯を食べるのがいいらしい。あと牛乳。子どものころは毎日牛乳、ご飯のときも牛乳だったが、あれは実はお腹によかったのか……。

腰はやはり温泉に行ってしばらく湯船に浸かるとよいようだ。温度・湿度のせいか、それとも浮力のせいか分からないが、1日行くと1週間くらいは回復するみたい (先週は行きそびれた)。やっぱり水泳したほうがいいのかな〜。

先日の日記のコメント欄で教えていただいたのだが、英文校正サービス enago の「トップ研究者インタビュー」がおもしろかった。基本的には「日本人はネイティブ並に英語ができるようにはならない。諦めるところから始まるものもある。」というスタンス (別に「だから英文校正を利用しなさい」と誘導されているわけではなく、単にインタビューだけ)。タイトルからして秀逸。

どれも全部参考になったので、興味ある人は目を通すことをお勧めするのだが、一番共感するのは上野さんの話。

私の英語の読み書き能力は低くはなく、大学院生時代には、同じ専門分野の人から依頼を受けて、日本語論文を英訳するアルバイトをしていたほど自信がありました。一方、しゃべる、聞くはまるでだめでした。私の英語は、学校教育オンリー、受験英語オンリー、読み書きオンリー。

(中略)

英語に苦労? はい、さんざんしました。日常的な会話が全くできなかったんです。私は一生懸命しゃべっているのに、たとえば、スーパーマーケットのレジのお姉さんがけんもほろろな扱いをするんです。とくに私がエスニックマイノリティであればあるほど、露骨な差別をする。「Pardon, me? (え、なんですか?)、「Say it again(もう一度言ってください)」「I cannot hear you(聞き取れませんでした)」、これを1日に1回は必ず言われるんです。1日に1回ならまだ許容限度でしたが、3回言われたら、精神的に参ります。毎日、毎日つらい思いをしました。私、本気で泣きました。

あるある。アカデミックな文章の読み書きと日常会話は別物。初めて海外に行ったのが33歳、つまりいまの自分と同じ歳のときなのだが、自分は上記のような体験をしたのが22歳のころだったから、まだましだったのかもしれない (それから勉強し直す時間が十分あった)。

アメリカでは、師事したいと願っていた人類学者、メアリー・ダグラスのいるノースウエスタン大学の人類学部へ留学しました。最初にクラスルームに参加したとき、みんな底抜けにアクティブで、ワーッとしゃべって止まらない。最初は「おおー!アメリカの学生はすごいなあ。活発だな」と思ったんです。でも、1ヶ月くらい過ぎてようやく耳が慣れてきて、みんな何を話しているんだろうと思ったら、「おまえ、いま授業聞いていただろ?」と思うような、非常にレベルの低いことを、非常に活発にしゃべっていることがわかってきました。

私はだんだん腹立たしくなった。このように水準の低い議論で教室が成り立っているんだったら、悪いけど、私は日本にいたときのほうが、もっとレベルの高いオーディエンスと付き合っていたよと思いました。研究者は、コミュニケーションとフィードバックがないと、自分のアイデアを鍛えられません。とくに私のような社会学者の武器は言語しかありませんから、たとえどんなに英語が達者にできたところで、この水準のオーディエンスとやり取りするんだったら、ここにいるのは時間の無駄だと思い、自分で交渉して所属大学を変え、ノースウェスタン大学からシカゴ大学へ移りました。

これも全く同感。自分は学部3年生 (関西風に言えば4回生) のときにシドニー大学に9ヶ月留学したが、1-2ヶ月いて思ったのは「こんなレベルだったら東大のほうが遙かにレベルが高い、日本の教育はけっこううまくやっているではないか」ということである。

しかし同時に、日本の (少なくともそれまで自分が受けていた) 教育では、課題を大量に課してアウトプットさせたり、あるいはそれらに赤を入れたり議論したりするようなことはほとんどなく、自分で黙々と勉強することが美徳とされていて、東大も「できない学生を集めてみっちり面倒を見ることで伸ばす」という教育をしていてレベルが高いのではなく、「できる学生を集めて学生同士で切磋琢磨して伸ばす」ということをしているだけで、どちらが優れているというものでもないが、自分はみっちり面倒を見るような大学のほうが好きだな、と強烈に思ったのである。

もう一つ自分の進路に大きな影響を与えたのも語学で、自分はそのときコテコテの哲学の研究をしたいと思っていたのだが、ひとたび英語圏に出てしまうと、自分の言語能力スキルは中学生レベルになってしまい、そのレベルでは人文系ではまともに非日本語圏で仕事ができるレベルではなく、「ああ、これは日本に一生いて日本人を相手に仕事するならともかく、世界で読まれる論文を哲学分野で書くのは無理だ。言いたいこと・言えることはあっても、自分の英語の能力では表現できない」と感じ (それはいまでも変わっていない。いや、日本語ですら哲学についてはもう語ることはできないと思うが)、言語学、そして自然言語処理分野へ専攻を変えたのである。

自然言語処理に専門を変えてよかったのは、情報系は非英語ネイティブの人も多いし、工学やサイエンスの世界では英語が共通語なので、中学生レベルの英語でも通じるし、変に (哲学のように) 凝った表現をする必要もない (し、むしろそういう教養がないと書けないような気取った表現は逆に敬遠される) ので、とても気が楽なのである。哲学の英文を読むのと比べると、工学系の論文は専門用語さえ覚えれば全然難しくないのだ (そして、専門用語は20本も英語論文を読めばほとんどの表現は出尽くしてしまうので、最初だけ事典とにらめっこして時間をかければよい)。

実は第6回のインタビューに登場する松沢さんも元々哲学科出身 (笑) で、やはり人文系の人は理工系の人より遙かに言語が研究に占めるウェイトも高いので、難しい、という話を書いている。

私は理学博士ですが、もとは京都大学の文学部哲学科の卒業です。大学では山岳部に入って、年間120日くらい山登りに明け暮れていました。(中略) ヒマラヤから帰って、大学院入試に向けて英語で書かれた哲学の原書を熟読しました。当時の京大・大学院の英語の入試問題はめちゃくちゃ難しかった。辞書の持ち込みは不可。西洋哲学史の3巻本をほぼ丸暗記したのに、試験問題を一読してわかったのは、それが英語だということと(笑)、スピノザという人名だけ。

哲学の英語なんて、丸暗記してもわからないです。哲学は非常に論理が込み入っているから、「読み解か」なければいけない。科学の論文も論理的だけど、すごくシンプルですよね。二十代のはじめに哲学のテキストを読み解く訓練を積んだことは私の英語の基礎体力を鍛えたし、この経験に比べれば科学の英語論文を読んだり書くことはどうということもなかったという気がします。

(中略) 京大の哲学科に入り、山登りをやるようになって、書物ばかり読んでいる哲学が私のやりたい哲学ではないと悟った。私が向き合いたいのは、山登りをしている自分が見ているこの岩、この雲、この雪であり、白い紙の上の黒いパターンではなかった。

自分もこれはほとんど同じ。高校生のころは哲学か言語学がやりたいと思って大学に入ったが、大学に入って計算機に触れたり留学したり、世界中の言語のデータを見て文法を考えたりして、ああ、頭の中で考えているだけの哲学 (あるいは内省をするだけの言語学) は自分が向き合いたい対象ではないのだな、と思い、実際に世の中にあるデータ、特に見もしない誰かが書いたテキストデータと格闘したいのだな、と気がついたのである。

内容があればみんな耳を傾けてくれる、というのは松沢さんのインタビューにも書いてある。

そこで出会ったのが、哲学科の中の心理学研究、とくに視覚の心理学でした。この世界は人間が目を通して脳という器官で認識している。人間がこの世界を知るということはどういうことなのか、「知る」っていうことを知ることを対象にするときっとおもしろいぞ、と。大学院ではネズミの視覚と脳の研究を行い、修士を卒業して京都大学霊長類研究所の助手になり、その1年後にチンパンジーのアイに出会います。

私の最初に書いたアカデミックな英語論文は、1985年にNatureに載りました。アイの研究成果をまとめた「Use of numbers by a chimpanzee」です。Natureに掲載が決まったとき、それはやっぱりうれしかったですよ。アラビア数字というわかりやすいメディアを使って、鉛筆を見せたらチンパンジーがその数を数字で答えるということを実証した。Natureが採用してくれたのは、チンパンジーが数を理解するという、世界中誰も知らなかったこの事実にインパクトがあったからです。アイというチンパンジーのおかげだともいえます。この論文はネイティブチェックを受けていません。今読み返してみると、英語、変だったかもしれないね(笑)。

ネイティブチェックを受けないで Nature に投稿するというのもすごい勇気 (笑) ただ、いま20歳に戻れるなら、認知科学・脳神経科学系の分野の研究に進んでいたかもなぁ、とはときどき思う。そこまでサイエンスよりはもっと工学寄りの、誰かの役に立つようなことをやりたい、という気持ちもあるので、20歳に戻ってもやっぱり自然言語処理に来ていたかもしれないけど……

サイエンスの競争は、英語学習のもっともっと先で起こっています。学問の世界で一番大事なのは、ユニークでオリジナルな実際の研究成果です。自分より英語のヘタな人は、アメリカ国内にだって掃いて捨てるほどいるよ。英語がヘタだということは何の問題もない。英語はヘタでもすばらしい研究をしていたらみんなが固唾をのんで聞いていますよ、耳を済ませて。よく学生にも言うけど、1篇でも論文を書いてから外国に修業しに行ったほうがいいよと。立派な論文が一本あるだけで、周囲の自分に対する耳の澄まし方が全然違う。

最近海外でインターンシップをしたいだとか、あるいは海外で働きたいだとか言う人がちらほらいるのだが、1本でも国際会議に論文を書いたり、あるいは1つのプロジェクトでいいからオープンソースの開発に関わるとか (あるいは1本でいいから自分自身でソフトウェアを書いて公開するとか)、とにかくなにか誰が見ても分かる仕事を1つでいいのでしてから行くことを、真剣に考えたほうがよい。本当にこれは0か1 (以上) かであり、英語がうまいかどうかは (少なくとも情報系の領域では) そこまで重要なことではなく、自分を代表するような仕事があるかどうか、他人と一緒に働けるかどうか、問題をなんとかして解決する能力があるか、そういうことが重要であるし、基礎的なことは日本でも十分にできると思うのである。(上にも書いたように、日本の教育は、弊害ももちろんあるが、けっこうしっかりした教育をしているので、外に出ても恥ずかしくない。)

それでも英語で勝負したいと言う人もいるだろうが、自分はオールドタイプの人間なので、青色 LED の中村さんの言うことなんかの言葉のほうがよく分かる。

英語の上達のためなら何でもやりました。大学内にある英会話学校にも行こうかなと思った。でも、時間がないとは言い訳にならないけれども、英語より研究が大事だし、講義の準備や研究と並行して通学するのは無理だと思ったんです。そもそも赴任したのが46歳。その歳から語学を始めるのは無理ですって!

私は英語の志はもう捨てました。もちろん、英語ネイティブに生まれなかったことを恨みもします。しゃべりが不得意ですから、極端に言えば社会に溶け込めずに「引きこもり」にもなります。実際、ここの生活になじむまでに家族みんながノイローゼみたいな時期もありました。(中略)

日本人が英語社会で引きこもりになるのは珍しいことではありません。実際、私の知っている研究室で、アメリカ人学生と日本人学生のグループが対立している例もあります。アメリカ人学生は集めたデータを持ち寄ってディスカッションしたいのに、日本人学生は英語に自信がないから尻込みする。アメリカ人はその態度を「あいつらデータを隠して見せようとしない」と感じるわけです。それでお互いの気持ちが通じずにいがみ合っている。まさに英語の壁です。

私も経験があるから引きこもりになる気持ちはわかるし、英語社会で生きる心のつらさは精神分裂になってもおかしくないと想像しますが、こんな貧困な英語力では、世界を舞台にしたサイエンスなんてできるわけがない。つくづく日本の理系学生は日本語を捨てるくらいの覚悟で英語をやらなければ、日本のサイエンスは今後どんどん国際レベルから立ち遅れていくでしょうね。

自分も、もう今後20年以上住むという意味では生活の拠点が海外になることはたぶんないと思うし、数年海外で過ごすにしても、家族全員がノイローゼにならないで生活できるか、とても気がかりであるし、自分もシドニーで暮らし始めて最初の2ヶ月くらいはヒキコモリになっていたので、ノイローゼになる気持ちも分かるし、そうなっても誰も責める気にならない (海外にしばらく行く、という決断をした自分のことは責めると思うが)。一人でいたらふらふらとまたどこかに行っていただろうが、一人じゃないんだなぁ、と思うのである。(逆に言うと学生の方々は、ふらふらと行けるうちに海外に行って、ノイローゼになりそうなくらいの強烈な経験をしておくとよい。行ったら最初からとても楽しくて帰りたくなくなる、ということになってもいいし!)

しかし英語論文の書き方については、一度がっつり勉強したほうがいいなぁと最近思い始めている。自分が学生のときみっちり添削してもらったほどには添削できていないので、それくらい直せるようになりたいものである。