プロフェショナルな研究の流儀。

ちなみにタイトルは

プロフェショナルBSD (ASCII SOFTWARE SCIENCE Operating System)

プロフェショナルBSD (ASCII SOFTWARE SCIENCE Operating System)

から取っている。Google で検索すると「プロフェッショナル」にマージされてしまうが……(NHK の番組名はプロフェッショナル仕事の流儀)

さて、実は昨日の午後10時からこの番組があることを1時間前に @nooyosh くんのポストで知り、ワクワクテカテカしながら待機して見たのだが、予想通り大変よい番組であった。そういえば、nooyosh くんは学部時代からの知り合いなのだが、東大 Fink チームの一員であり、未踏ユースに出したときは筆頭開発者(チームの中での最年少だったため)として活躍してもらい、現在は東大辻井研究室で研究しているのだが、自分も彼も同じく自然言語処理の研究をしているとは、東大 Fink チームにいたときは全く想像していなかった。すごい偶然である。

閑話休題。今回はあきらめなければ、道はひらけるという題で、「研究者 浅川智恵子」さんの回だった。浅川さんは、IBM 東京基礎研究所の研究員の方で、IBMノーベル賞級の研究者しか就けないフェローという立場にいるとのこと。ふと思い出したが、IBM 東京基礎研究所はこれまで TRL (Tokyo Research Laboratories) と略称されてきたが、現在は TRL と言わなくなったそうだ。代わりに、IBM Research - Tokyo が正式らしい。ちなみに、Twitter アカウントもある。@Research_Tokyo。(IBM と書いていないけど)

浅川さんは14歳で失明してから普通高校に進学するのを諦め、盲学校に通ってから英語に目覚め、英文科に進学するも英語を活かせる職業に就けなかったので、一念発起してプログラミングの職業訓練を受け、IBM に来ることになってからはずっと目が見えない人のための研究をしている、という人である。先天的に目が見えない人と、後天的に目が見えなくなった人とでは、後天的に見えなくなった人は点字の習得にせよなんにせよ多大な努力を必要とすることは知られているのだが、プログラミングを点字でする、というのは想像するだけで気が遠くなる(でも彼女はそれをやってきた)。入力するのはキーボードを打てばよいのだが、動かなかったときどこがどう間違っているのか分からないので、点字で打ち出して確認するそうだ。この話が出てくるのは番組中盤なのだが、(プログラミングする人間としては)もう涙なしに見られない。インデントやハイライトといった、二次元でコードを見やすくすることができるのと違い、一次元で確認しないといけないというのは途方もない作業である。

とはいえ、失明したことに焦点が当たっていたのは実は番組の1/3くらいで、残りは「チームで研究をするにはどういう困難があるか」が前半の1/3、「若手に研究の仕方を教えるにはどうしたらいいか」という話が後半の1/3である。そして、その部分こそが、この番組は研究を志す大学生・大学院生みなさんに見てもらいたい、と思う所以である。

前半部分について、浅川さんの「一人でできることは限られているから、いかに多くの人を巻き込んで、重要な仕事をするか」という話が骨身に沁みる。こうやって文字にしてしまうと当たり前のように見えるが、「一人でできることはかぎられている」という言葉を言うときの重みが、心底そう思っているのだな、と思ってしまうほど、重いのである。Apple で昨年インターンシップをしていたときの上司は木田さんというのだが、Apple で働いてみて感じたのは、優れたマネージャの仕事の仕方、というか哲学、である。話を脱線すると、自分は昔哲学科にいたので、生き方・考え方みたいな意味で使われる「哲学」という単語は、哲学じゃないよ、と思っていて、この使い方は陳腐な言い回しで間違っている、と考えていたのだが、それから10年経ってみて、これは「哲学」といか言いようがないような生き方だ、と思う人を見てきて、やっぱりこれは「哲学」で正しいなぁ、としみじみ思うのである。哲学って、「徹底的(批判的)に考える」ということと、「(考え抜いた)信念に基づいて行動する」ということに尽きる。誰それがああ言った誰それはこう言ったという紹介をする学問ではない。だから、たぶん優れた研究者もみな「哲学者」であり、だからこそ博士号は Doctor of Philosophy と呼ばれるのではないかな。(「哲学」じゃないのに博士号が哲学博士と呼ばれるのはおかしいと思う人は、そんなに身を削るような研究をしたことがないか、「哲学」に関して誤解しているかのどちらかである) 

木田さんと話していても常々思う(上記のリンクの木田さんのインタビュー記事おもしろいので、ぜひ読んでみるとよい。あ、Twitter アカウントは @kidayasuo)のだが、どれくらい重要な仕事をするか、というのを本当にすごく意識している人だな、ということである。

(以下ネタバレ注意)「しろいうさぎとくろいうさぎ」という本があるのだが、

しろいうさぎとくろいうさぎ (世界傑作絵本シリーズ)

しろいうさぎとくろいうさぎ (世界傑作絵本シリーズ)

しろいうさぎのことが好きなくろいうさぎが、「あー、でも彼女はきれいで好きだけど、自分は格好悪いし、頭悪いし、似合わないからもうだめだ」みたいなダメ人間(ダメうさ?)的なことを思っていて、しろいうさぎが「どうしたの?」と言うと「いや、きみとずっと一緒にいたいんだけど、だめだよね」みたいなこれまたダメうさ発言をするのだが、そうするとしろいうさぎが

Why don't you wish a little harder?

と驚いた顔で言うので、くろいうさぎははっとして心を入れ替えて決心する、というストーリー(続きは絵本でね! 英語版のほうがいいと思う。教えてくれたのは代ゼミのとき英語を教えてくれた西先生)なのだが、人生において大切なのは "wish a little harder" なのだなと思う。普通の人が諦めてしまうところ、普通の人よりほんの少しだけ勇気を出して一生懸命願うことで、世界が変わる、というか世界が変わって行くのだと思う。そして、それを本気で思うことが、自分だけではなく周りの人も動かす力になり、「多くの人を巻き込んで、重要な仕事をする」ことにつながるのだと。

一方、後半1/3は新人(といっても29歳)をどうすれば一皮むけるか、という話。学会賞もばんばんもらうしプログラミングもすごくできるのだが、ユーザ(ここでは目が見えない人)の視点に立った研究をすることで、まだ自分の殻を破れていない、という内容。研究テーマについて悩んでいて、「プログラミングをしないで研究について考えなさい」と言われても、結局プログラミングで乗り越えようとしてプログラムを作りこんで来るのだが、浅川さんは「なにができるかじゃなくて、なにができたら嬉しいか、なにができたらユーザはわくわくしてくれるか、喜んでくれるかを考えなさい」と再度ばっさり。なまじっか自分に得意なことがあると、その土俵にこだわってしまうのだが、ずっとそれだけでは成長できない。確かに実現可能性のあるソフトを作る(研究をする)のも重要だが、世界を変えていくような画期的なものって、実現可能性から入っては産まれてこない、と。Apple で働いても感じたが、まさに実現可能性ではなく、なにができたら嬉しいか、ということをまず考える、目標が定まったらそれに向かって足りないピースを埋めて行く、そういう考え方はすごいと思ったし、研究にせよ開発にせよ、そうあるべきだ、と思った(「このデータ・手法でできる研究ってなんだろう」と考えがちだが、それでは画期的な研究はできない、という話)。

最後の言葉にも代表されるのだが、こういうふうに「世界を変えて行く」という精神を次の世代に引き継いで行くこと、それがすごく大事なことであり、浅川さんはずっとそういう仕事をしてきてすごいなぁ、と思うのであった。自分は死ぬまでに、あるいは死んだとき、次の世代になにを残せているのだろう。「自分にしかできない仕事をする」と番組内でもあったが、自分にしかできない仕事というのはなんだろうか? 仕事の内容の話ではないが、自分は昨年の就職活動のときも、大学院を出てそのまま大学に残って定年までずっと教員をする、というキャリアパスは考えていなかった。もちろん大学に残るのも非常に狭き門であるし、優れた独創的な研究を続けるのも重要な仕事なのだが、自分が大学に残らなかったら違う誰かが残るだろう、それで何事もなかったかのように物事は進むだろう、そう考えてしまうのである(学部のまま大学院に上がらなかったのも同じ理由である)。こんなことをぐるぐると考えていると妻から「男の人ってプライドがあるからそんなふうに考えてしまうけど、わたしはあなたが生きていてくれればいいよ。命があれば、どんな仕事したって生きていけるよ。だから、仕事なくなっても平気だから、好きにやりなよ」と言ってくれたりして、ああ、自分は周りの人に恵まれているのだなぁ、としみじみ思う。(と言いつつ、やはりハイリスクハイリターンなことだけに全精神をかけることができず、手堅い安全パイも組み合わせてリスクヘッジしてしまう性分なのだが)

見逃してしまった人は来週月曜日深夜0:45-1:33に再放送があるので、そちらを忘れずに見るか、315円払えば NHK オンデマンドからこの番組だけ購入することができる(放映後1週間に限るらしいので、見たい場合はお早めに。もう見られる)ので、研究職を希望する人はぜひ見るといいと思う。映画1本見たら1000円以上するのに、こんな番組が315円で見られるというのはいい時代になったものだと思う。もちろん、テレビがない人もオンデマンドなら見られるので、見たい人は GO! (でも NHK オンデマンドは Windows しかサポートしていない。なんで??)