定期的にこの日記でも人工知能学会の学会誌のことを取り上げているが、今月号の人工知能学会誌の記事もおもしろかったので紹介。特集が2つあり「オントロジーの進化と普及(前編)」と「論理に基づく推論研究の動向」について書かれている。
「オントロジー」と聞くと哲学出身の自分なんかは人工知能学における使い方は濫用に聞こえてしまうのだが、それについても岡田光弘さんが哲学的立場から、そして林良彦さんが言語学的立場からしっかり書かれており、圧巻である。
「論理」のほうは古典的な論理プログラミングの最先端の話に続き、この10年くらい研究が進んでいる論理的アプローチによる確率モデリング(統計的アブダクション)の話。Markov Logic Network の話も少しだけ出てきているが、MLN のような論理と確率的推論を組み合わせたような研究は、近年の計算機の高速化がなければ不可能だった話で、以前は解けなかったような問題が解ける時代に来ているのかもしれない、と感じさせる。むしろ、紙と鉛筆だけで閉じた世界の計算をしていればよかった時代が終わり、実データを対象に計算機を使ってシミュレーションするのが必須になってきた、ということかもしれないが……
読み物的には @shibataism さんの「日本人研究者が世界で活躍するために」という話がおもしろい。@shibataism さんとは実は以前 シリコンバレーのギークサロンというところでお会いしていた(いま見るとなんで自分こんなに長文書いているんだ……?)のだが、やはりおもしろい人である。のっけから「日本とシリコンバレーの環境の違いで一番大きいのは天気!」という話が書かれているが、自分も全く同感である(笑) こればかりはしばらくシリコンバレーに住んでみないと分からないと思うが、本当に一番違うのは天気であり、あの天気(というか気候)だからシリコンバレーはシリコンバレーなんではないか、と思うのである。日本であれくらいのところを探すとなると、瀬戸内海式気候のところではないか、と感じる。奈良(北部)・大阪・京都(南部)・兵庫あたり(もしくは少し広げて岡山と広島の南部、福岡、香川か徳島北部)に情報系産業の中心地ができてもおかしくない、と割と自分は本気で思っている。@shibataism さんのお勧めとしては
自分の研究分野で最先端の研究機関があるなどさまざまな要因があると思うが,上述のような気候など人間の努力ではどうすることもできない要因もあるため,著者は短気(ママ; たぶん短期の間違い)でも良いので,現地に滞在してみて自分自身がその土地を好きになれるかどうかを確認することを勧める
とのことで、自分も激しく同意。NAIST はいいところだと思うが、受験生にオープンキャンパスに来ることをお勧めするのもそういう次第である。来てみて「あっ、ここいいな」と思うか「いや、ここ奈良先端大がなかったら絶対来ないよ」と思うか、人それぞれだと思うが、たぶんそういうところの直感は信用していいと思う。
もう一つ読み物としては東大/NIIの本位田真一教授へのインタビューがおもしろい。Twitterでも話題になったが、
(前略)当時は情報に関する学科がなかったため,情報分野に最も関連がありそうな電気工学科を進学先として選んだ.
(中略)
ちなみに,博士課程に進む気はほとんどなかったそうである.自分よりさらにプログラミングの得意な人が身近にいて,その人には勝てないなと思ったということもあるが,しかしそれ以上に,その時代は論文誌でさえ業績にカウントされるかわからないほど情報系の分野自体がマイナーであり,博士課程に進学して博士号を取るのが困難に思えたそうだ.また,当時は企業に入ってから論文博士をとるほうが,博士号取得の方法としては主流(以下略)
ということで、ほんの数十年前は情報系なんてそんなものだったんだよなぁーと思いを馳せる。タイトルには「勝ちパターンでヒットを打ち続けろ」とあるが、若手研究者へのメッセージとしては、ホームランを狙うのではなくとにかくヒットを打つことを考えなさい、というのは納得。「よくある例が,ちょっとテーマに取り組んだだけで,何だかすごく壁が高そうだと思って諦めてしまうことだという」とのことで、全く同じことをよく学生の人たちと話していて思う(ここ数日日記で繰り返し書いてるので、読者の方々は食傷気味かもしれないが)ので、もっと前に出て行けばいいのに、といつも感じるのであった。
最後に「アイディアがあふれるように出てくる時期をむだなく過ごしてほしい」というメッセージがあったが、どうも研究者には人生の一時期、論文執筆やプログラムの実装が追いつかないくらいアイデアがどんどん出てくる時期があるらしく、どんな研究者にも存在する(大学の人は博士課程からポスドクにかけて、企業の人は30代前半くらいらしい)この時期を効率的に使ってほしい、という話に、なるほどな、と思う。自分はまだその入り口に立っているような感じだが、そのときが来たら心して取りかかりたいと思う。
人工知能学会で思い出したが、人工知能学会のメーリングリストで Google の統計翻訳に関する講演会の案内が出ていた。少し補足しておくと、講演者の Franz Joseph Och さんは統計翻訳の世界では知らない人がいないほどの有名人で、統計翻訳の専門家でなくても、GIZA++ という統計翻訳ツールを書いた人だ、と言えば「ああ、彼のことか」と分かるであろう。単語のアライメントと言うのだが、2言語の間で1つの単語が複数の単語(フレーズ)に対応づけられたり、もしくは言語間で単語の語順が入れ替わったりするのだが、こういう単語の対応付けの分野での仕事のほか、「誤り率最小化学習 (頭文字を取って MERT と呼ばれることも多い)」という翻訳の最適化手法を提案したことでも知られる(そういう意味では、彼もアイデアがあふれてくる時期を経験しているはずだが、まだ衰えないのだろうか)。翻訳に興味のある人はぜひ出てリポートお願いします! (自分は行けないので)