記憶するための操作と記録するための操作

休日だが出勤しないとどうにも仕事が終わらないので、研究室に来て国際会議のスライドにコメント。今度はスライド画面ではなくノートの部分。15-20分ぶんあるので、けっこうな分量がある。査読も終わらせる。今回から査読の参考文献も Evernote で管理するようにしてみたが、はてさてどうなることやら。Mendeley とか Papers とかも使ってみたのだが、いまいち自分の使い方に合っていないのである (書誌情報を自動で抽出してくれるのは嬉しいのだが)。

来週タイに行くとき、日本からシンガポール経由で行くのだが、片道7+2=10時間 (待ち時間を入れると12時間) あるので、道中読めるようせっせと未読の新書をスキャンして iPad に詰める。20冊くらい入れておけば安心か。逆に未読の新書を全部スキャンしてしまうと、残りは全部読了済みの本なので、ほとんど消化試合である。PDF化したところで、再度読む可能性は非常に低いので…… (とはいえ自分が読んだという記録はどこかに残しておきたいのだ)

今回未読の本をスキャンして思ったのだが、一度も読んだことがない本だと、ページとページがくっついていて2-3枚同時に吸い込んでしまうことがときどきある。逆に、一度読んだ本だといい感じに各ページがばらけているのでそういうことはないのだが、逆に自分は気に入ったページの角を折り曲げておく癖があるので、それによって間違って数枚連続して読まれてしまうことがある (2ページ続けて折り込むとそうなりやすい)。どちらも悩ましい。まあ、1-2ページ抜けているかどうかは新書・文庫程度であれば自分は対して気にしないので (気にしている時間がもったいない。本当に重要な情報なら、もう一度買ってもいいし、そのころには全部電子化されているだろうし)、本質的にはどうでもよいのであるが。

最近未読の本を読んでいると、書き込みたいときは Evernote にメモするが、一番簡単なのは iPadスクリーンショットを撮ることである (電源ボタンとホームボタンを同時押しするとスクリーンショットが撮れる)。自分にとっては、この操作がちょうど「ページの端を折り込む」のと同じ意味を持つ操作のようである。メモを書き込むほどではないが、この本のこのページのどこかに自分が「おっ」と思った情報が書かれていた、それを記憶するための操作。たぶん、あとで参照できるかどうかはどうでもよくて、情報を受け取って自分が能動的になにかをした (それは簡単なことでもよい)、そのことが重要なのだと思う。