久しぶりに本を紹介しないと紹介が追い付かないので、最近読んだ本でいちばんおもしろかったものを紹介。言語学関連になるが、今井むつみ「ことばと思考」(岩波新書)
- 作者: 今井むつみ
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2010/10/21
- メディア: 新書
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たとえば日本では虹の色を7色だと教えるが、これは地域や民族・時代によって大きく異なることが知られている。日本でも昔は5色であるとされていたし、そもそもパプアニューギニアのダニ語では色の前が「明るい」「暗い」を示す2種類しかないそうで、ではこの言語の話者は色を区別できないのか? と思うのだが、実際彼らが区別しない色について架空の単語を与えて区別できるかどうか実験したところ、英語話者と変わらない識別能力があったとのことで、ウォーフ仮説は否定されたかのように見えた。
しかし、より巧妙に実験をデザインし、色の区別ではなく類似度を判別するテストを作って、緑と青いずれともちょうど等距離にある色をどちらの色だと判別するか、というテストをメキシコ先住民の言語のタラフマラ語(緑と青の区別をしない)と英語2つの言語の話者にさせた。言語の影響が全くないなら、どちらの色も等確率で選ぶはずである。実験の結果分かったのは、言語の影響があったのは、青と緑の区別をしないタラフマラ語の話者ではなく、区別をする英語の話者であった。2つ見せた色のうち、基準の色を青だと思うか緑だと思うかによって結果が違ったのである。つまり、言語がないと世界を区別する能力がなくなってしまうわけではなく、言語があることによって名付けられた概念(カテゴリー)に知覚が歪まされてしまうのである。(これは「カテゴリー知覚」と呼ばれている)
こんな感じで、言語の普遍性や認識にかかわる有名なテーマ(仮説)をひとつひとつ取り上げて、それぞれに関して実験した結果こういうことが最近分かってきた、という話が書かれているのだが、どれも興味深い。自分も「ことばの意味ってなんだろうか」というところから自然言語処理の分野に入ってきたのだが、こういう実験を見ると、いま言語の研究をしようと思ったら認知心理学・脳科学からアプローチするのがいちばんおもしろいのではないかと思う。自然言語「処理」はやはり工学であって、役に立つということが重要なファクターというのは、よくも悪くも自然言語処理を特徴づけていると思うが、こういうサイエンスとして人間の言語能力に迫る話というのは興奮するものである。
最終章で赤ちゃんが言語を獲得していく過程や第二言語学習者が(母語の影響のもと)言語を獲得していく過程に関する言及があるが、こういう言語獲得の過程についてもデータから言えることがあるとおもしろいな、と最近は思っている。