「駒場が通って本郷が通らないと困るからなー」と言われて科研費が出せなかった話

昨晩から頭痛がしていたので朝布団の中で逡巡。いや、そこ迷っちゃいかんだろう。

午後機械翻訳勉強会。katsuhiko-h くんが

  • Hui Zhang, Min Zhang, Haizhou Li, Chew Lin Tan. Fast Translation Rule Matching for Syntax-based Statistical Machine Translation. EMNLP 2009.

を紹介してくれる。統語ベースの機械翻訳システムは、翻訳するとき入力文に対して解析木(parse tree)を作成し、その木に対して部分木や森(forest)のマッチを行い、マッチしたところをなんらかの基準で選択して順に翻訳する、というステップで翻訳するのだが、句(phrase)ベースのシステムに比べ、マッチするべき木(森)が多すぎる、という問題があった。そこを解決した、というのがこの論文。

今回は久しぶりに松本先生も参加したのだが、一言「単にマッチするルールを Trie に入れただけやん。そのアイデアが分かればあとは自明に聞こえる」とばっさり。前もsuffix array を使った機械翻訳について書いたが、こういう実装上の工夫は(論文としては)評価されにくいのかなー。松本先生曰く「当然のように実装していて論文に書くまでもないと思っていたことを他の人が論文に書いて発表し、『なんじゃこりゃ、実装しようと思ったらこれくらいの高速化は当たり前だから書かなかったのに』」ということもあったとか。

とはいえ、このあたりは一度作ってみないと分からないな、と思ったり、作りたいプログラムがどんどん積み上がっていくばかりでなんともかんとも……。

先週に読んだ本だが毛利秀雄「生物学の夢を追い求めて」はけっこうおもしろかった。

生物学の夢を追い求めて (シリーズ「自伝」my life my world)

生物学の夢を追い求めて (シリーズ「自伝」my life my world)

先日紹介した長尾先生の自伝と同じシリーズだが、こちらは精子の研究をされていた毛利秀雄さんである。妻と本屋に行ったとき「精子の話」
精子の話 (岩波新書)

精子の話 (岩波新書)

を買って読んだこともあり、「そういう話好きだよね」と呆れられたこともあるのだが、確かに生物学系のトピックに興味があって買ってみたのだが、毛利さんの書く文章は味があって好きなのである。

で、自分も最初生物学の話がいろいろ書いてあるのかなと思って読み始めてみたら、書いてあるのは東大の本郷と駒場の間でいかに確執があるか(本郷の教員が駒場のことを見下しているかとか、駒場の教員が本郷に遠慮しているかとか)という話で、これはこれでおもしろかった(笑) 「◯◯くん、××へ行ってくれたまえ」で助手になる、という話は聞いたことがある(実際そうやって決まったということがこの本にも書かれている)のだが、科研費を申請しようとしたら講座の教授から「出して本郷の人が通らなくて我々が通ったら困るし」と出させてくれなかったとか、口があんぐり。ちょっと引用すると

また研究費に関しては、植物の人たちは教養学部から独自に科学研究費補助金の総合研究を申請して通り、当時としては高額な二百万円かを分配していたが、動物の方は本郷の動物教室で毎年申請する総合研究に石田先生が加わっておられた分だけで、一人あたり二、三万円の配分だけであった。これについても私たちは駒場の動物系で独自の総合研究をたちあげたいと、ご自分はあまり金をお使いにならない大関さんまで石田先生(引用者注: 筆者の指導教員で、本郷の動物学科と駒場の動物系の教授を兼務していた)に研究班の班長になって申請してくださるよう直訴してくださったが、「こちらが通って本郷が通らないと困るからなー」と首を縦に振られなかった。先生と本郷との関係には複雑なものがあった。(p.77)

という感じ。他にも「物理帝国主義」との戦いの話や(物理より化学のほうが生物学に対しては攻撃が激しいとか?)、学会内での若手とベテランの確執の話とか、アカデミアってドロドロしているなぁというのがよく分かる。とはいえ、ずっと自分たちはいじめられてきた、というような恨みつらみを晴らしているのではなく、上記の引用のように淡々と、かつどこの批判や陰口にもならないように慎重に書かれているので、ご本人の優しい人柄が偲ばれてとても読んでいて気持ちがよい。

自分としては、国立大学の教員のまま海外留学するとお給料がどうなるかとか、パスポードがどうだとか、戻ってきたときどうなるとか、生物学とは別のところでいろいろと参考になる話題がたくさんあって読んでよかった(笑)