メディアの発信側と受信側のリテラシー

毎日被災地のニュースばかり見ているとストレスになるので、見るなら朝とか、20分以上見ないとか、いろいろしているのだが、原発関連のニュースになると、テレビでは情報コントロールしているなぁ、と思わせるところがいろいろ。新聞は修士のころ日経を取っていたのだが、博士に進学して数ヶ月海外に行ったりすることがちょくちょくあり、最近は購読していない。情報を判断するリテラシーが問われているのだと思う。

それで、先日読んだ池上彰「記者になりたい!」

記者になりたい! (新潮文庫)

記者になりたい! (新潮文庫)

を思い出した。この本は池上氏が大学に在学中からどのようにして記者になったか、記者の仕事はどのようなものであったか、ということを時系列で語ったエッセイ(自伝)なのだが、自分はもともと学部生のころは新聞記者(毎日新聞の夕刊のデスク)になりたかったこともあり、いろいろと楽しめた。いまとなってはもう再度挑戦したりはしないだろうが、新聞記者になっていた自分もありえたなぁ、と思う。

書き手も受け手も少ない知識と不確実な情報で判断していかないといけない、というのがこういう科学技術に関する問題の難しいところなのだが、ベストを尽くしてリスクを取る、ということもやはり大事なのだと思った。

個人的には池上氏が仕事人間になり、激務の中「新しい職場を希望するべきか否か、どういう職場を希望するか」といったことを家族(奥さん)と相談して「あなたの好きにしてください」と言われたり、事故の被害者と娘の姿を重ねて涙したりするシーンがホロリと来た。いや、奥さんにホンネを聞いたら違うことを言われるかもしれないけど……(うちではよくある(汗))