オリジナリティを徹底的に追求する

MIT メディアラボの石井さんの記事がおもしろい。前この記事をどこかで読んだ気がするのだが、再度取り上げる。

この記事は、NTT 研究所で働いていた石井さんが、どのようにして MIT メディアラボにヘッドハントされたのか、そしてヘッドハントされてからどういう環境の中で生き抜いてきたのか、が赤裸々に語られている。たとえば、

「今までで取り組んできた研究の良さは分かった.でも同じようなものは MIT では絶対続けるな.全く新しいことをやれ.人生は短く新しいことに挑戦するのは最高のぜいたくだ」.

と言われ、NTT 研究所時代にそれなりに成功を収めていた研究を全て捨てて、一から新しい研究を始めることにしたそうである。前マイクロソフト基礎研究所“最強伝説”でも書いたが、「一つの分野で成功した研究者に、同じ分野で研究させるのではなく、新しい研究テーマに向かわせ、開拓させる」というのが、常にトップを走り続けるために必要なのではないかと思う(もちろん、蓮舫議員ではないが、常にトップを走る必要があるわけではないので、既存のテーマで着実に成果を上げるのも重要なこともある)。

6〜7年という「テニュア」(終身在職権)取得期限内に自らの研究分野に明快なインパクトを与えるためのは,最初の3年でほぼ勝負が決まる.とりわけ,初年度の研究テーマ設定と戦略が,よく知られた問題の解法を少し改良したり,既に知られている知見を翻訳・編集したりするだけでは革新的研究とは認められず,MIT で生き延びられる可能性はゼロに等しい.

テニュアというのは「これから先ずっと大学教員をしていていいですよ」という権利のことであって、日本でも少しずつ導入されているのだが、アメリカの大学ではこれを獲得するために熾烈な競争が起きている。日本の大学だと、ほとんどの研究大学では、大学教員の一番下っぱである助教でも任期が5-7年程度に設定されており、この期間のうちに1回テニュアを得るための試験を受けることができて、合格すると終身在職権が得られる、という寸法である。もちろんこの試験に落ちることもあり、落ちたら1年程度の猶予期間ののち、大学を去らねばならないので、この期間の間に成果を残そうと必死になるもののようである。言い換えると、大学教員はまず1年から数年単位の契約社員から始まり、契約社員の間に仕事をがんばって、正社員への登用試験を受ける、という制度になっており、この登用試験がかなり厳しいものなので、みんな必死になる、というわけだ。

もちろん、テニュア自体は大学によって異なるので、テニュアをいったん得たらそこで「上がり」となるわけではなく、もっといい待遇(研究施設、研究費、場所、給料、などなど)を得るためにがんばり続ける人もいる(もちろん、それとは無関係にがんばる人もいる)。

初年度になにをするかが鍵だというのは厳しい思いだが、自分もぐるぐる考えているところである。Pantel さんが一般的に Yahoo! Labs に入社を許可する(社員として勧誘する)基準を言っていたが、「Stanford や UC Berkeley のようなアメリカのトップスクールからテニュアトラックの声がかかる(助教相当)くらいの人でないと勧誘も採用もしない」そうであり、それは Google も同じだろう、とのことであった。実際、毎年トップレベルの国際会議に通す論文の数を見ていると、これは全く誇張ではない。そういう意味で、Yahoo! Labs は(他の人がどう考えているのか知らないが)とても優れた研究環境であるように思う。確かに大学という組織とは違うのではあるが、現実的な問題を解決しようという人たちがいて、そしてそういうことができる環境と、能力を持った人材が集まっている、というのはものすごいことなのである。

MIT に赴任してから,テニュアを取得するために何が必要なのかを,先輩教授たちに尋ねた.答えは極めて明快だった.「世界にインパクトを与えたかどうか.」もう少し具体的に述べると「パイオニアとして新しい分野を切り開いたと世界が認知したかどうか,そしてその新分野が本当に人類にとって重要か」の二つの要件を満たすこと,それが答えだった.頻繁に引用される例が人工知能という研究分野を創始した知の巨人マービン・ミンスキー教授.ある先輩教授は,新米の私にこう説明してくれた.「ミンスキーという名前を聞くと,0.5秒以内に人工知能(AI)という言葉が,また人工知能という言葉を聞けばミンスキーという名前が0.5秒以内に,すべての計算機科学者の頭の中に浮かぶ.それが MIT てニュアの条件だ.」

とのことだが、世界にインパクトを与えること、そして新しい分野を切り拓くこと、これは MIT に限らず全ての研究者が意識するべき教訓であり、困難ではあるが、両立できるよう努力するべきものであろう。PhD は哲学博士。でも書いたが、エンジニアリングとしては新しくない分野だが世界にインパクトを与えるようなこともできる(任天堂なんかがいい例)し、世界にインパクトは与えないが極めて独創的な分野の研究もできるわけだが、なんとか両立できたらかっこいいんじゃないかと思う(上記エントリに @iT0T さんからもコメントいただいたが、必ずしも両立しないこともあるだろう)。自分もかくありたいものである。

Pantel さんからも話を聞いたのだが、このような研究体制を維持できている大学は世界でも MIT と Stanford くらいであり、CMU ですらこの2大学には及ばないそうで、トップであり続けるというのはとても厳しいという話であった。

この話には後日談があって、

テニュアを取ったら,もう論文の数など気にせず,思う存分自分の知的好奇心に基づいて自由な研究ができる,そう思った自分は甘かった.メディアラボの「経営」に責任を持つとともに,今度は自分より一回り若い教授たちがその夢をかなえるための支援にも力を入れなければならない.

とのことだが、自分の知的好奇心に基づいて自由に研究ができるのは、退官してからかもしれない(笑)

というわけで、研究職を志す学生さんはぜひ上記 PDF をダウンロードして記事をお読みくださいまし。