神経科学

立て続けにラマチャンドラン『脳の中の幽霊』(角川書店,1999年)とシトーウィック『共感覚者の驚くべき日常--形を味わう人、色を聞く人』(草思社,2002年)を読み、世の中にはまだまだおもしろいこと(=不思議なこと)があるのだなあ、と感じた。前者は一昨年信原先生が駒場の後期課程の哲学概論の授業でテキストに指定したこともあったし、一時期書評でもだいぶ取り上げられていたので名前は知っていたが、これまで読んだことはなかった。後者はふと先日じゅんくんと紀伊国屋に行ったときふと目に留まったので DSM-IV と一緒に買った(DSM-IV もじゅんくんから「読むとおもしろい」と言われたものだが、こちらは以前丹野先生の授業で抜粋を使ったことがある)ものだ。

同じ人が訳したにしては後者のほうが圧倒的に訳文がこなれていておもしろかった。前者はラマチャンドランがウィットに富んでいるせいかよくジョークを交えるのだが、そのニュアンスをうまく出せていないばかりか、訳文を読んだだけで元の文章構造が推定できそうなくらい堅苦しい訳をしているので、これなら原文で読んだほうがいいかも、と何回か思ったほどであった。後者も前者と同じく脳神経科学についての一般書だが、こちらは著者が科学哲学の素養が多少あるようで(ラマチャンドランもある程度は科学哲学の知識を援用しているが、どちらかといえば登場の仕方はラーマーヤナを引くのとあまり違いはない)、読み物としてはこちらがおもしろい。しかし『脳の中の幽霊』のほうは「こういう仮説を立てたので、こういう実験をすればその仮説が正しいかどうか確かめられる」というような例がいくつもあるので、仮説を思いつく能力もさることながら実験を思いつく発想力にも驚く。認知科学の人はこういう能力がすば抜けて優れていると聞いてはいたが、ここまで例がたくさんあるとさもありなん、と思う。