企業の研究者として生きるということ

最近出た本で読もうと思っていたので東京出張の合間を縫って読む。

企業の研究者をめざす皆さんへ―Research That Matters

企業の研究者をめざす皆さんへ―Research That Matters

丸山さんは元々自然言語処理の研究者(昔 ACL にも通していた)で、IBM の東京基礎研究所の所長を2006年から努めていて、今回は所長として研究所で発行していたニューズレターに連載していたコラムをまとめた本を上梓した、ということのようだ。

書き下ろしになっている第1章と第9章以外はそういうわけで大変読みにくい(他の見せ方はなかったのだろうか。手間をかけずに出版するためにこうなったのだろうが)のだが、書き下ろし部分だけでも確かに読んで参考になった。ニューズレター部分も参考になって、たとえばp.46は

私自身が時々使うテクニックは、「やって欲しいことを相手に思いついてもらう」ということです。……「もしこの問題にXという手法が適用できるとすれば、どうなりますか」……「うん、もしかしたらできるかもしれない」と思い始めると、たとえ最初のヒントが私から来たとしても、アイディアそのものは自分が考え付いたように思っていただけるのではないでしょうか。……時には自分のアイディアを相手に渡してしまうことによって、より大きなものを手に入れることができるのではないでしょうか。

とあるが、自分のこだわりを捨てる、相手が納得して喜んでくれるのなら自分の手柄であるかどうかなんて関係ない、というのは、その境地に至るのが大変かもしれないが、実行してみたいと思う。割と「その問題はXという手法で解けます」と言ってしまっている気がする……。気をつけよう。

あと、第9章は「企業の研究者をめざす学生の皆さんへ」という章なのだが、別に企業の研究者になりたい人に特化した話ではなく、参考になる。

日本の博士課程の卒業生の中には、指導教官の指示のままに研究し、論文を書き、学位を取得している人がいるようだ。このような人は、学位は持っているものの、専門分野が極めて狭くて、柔軟性が無いように思える。このような「タコツボドクター」は、いくら良い業績を出しているとしても、企業としては採用しにくい。一方、良い先生の下では、研究分野全体に対して広い知見を持ち、自分の研究の位置付けをよく理解した上で研究できる学生が育っているように思う。このような学生は企業に入っても柔軟性があり、新たな研究分野にも積極的に入っていけるのだ。

自分のことを考えると、松本先生はそういう広い視点を持てるように学生を育ててくれていると思う。ああしろこうしろ言うこともないし、急かすことも(さすがに数年なにもしないと気になってくるかもしれないけど……)ないので、いろんな分野に適応できる基礎体力がつくのだと思う。

でも一番違うのは「自分の専門分野は変えられない」と思っているかどうかかなあ? NAIST はその点大学院大学で、大学院に来る段階で専門分野を変えて来る人も少なくない(というかそのほうが多数)し、そこまでこだわりはないように見える。新しいことに挑戦するとそれまでの栄光を捨てないといけないので、それが人によっては怖いのかもしれないが、そういうちっぽけなプライドはこの際捨て去って、新しいことに挑戦して切り開いていけるかどうかが重要なのだと思う。一つの分野で成功したことのある人は、他の分野でも成功する可能性が高いわけで、変えてすぐの学習(成長)曲線はすごい急なカープでぐんぐん成長するだろうし。

欠点としては長期に渡る積み重ねができないので、「その研究は20年前XX大学のYY先生がやっていて」「似たようなこと10年前自分もやったことがあってそのときはうまく行かなかった」みたいな話ができないことだが、これは「同じようなことは前の研究分野では10年前から当たり前に使われているのに、この分野ではまだ最先端」みたいなことが起きうるので、悪い面ばかりでもないと思う。

これから企業の研究者を目指すみなさん(特に博士に進学しようと迷っている人、進学している人、修士で研究所に入りたいと思っている人)、どうぞ。