温故知新

今日の勉強会は論文紹介担当だったのだが、1週間前に告知したのは止めて急遽10年ほど前の論文に変更してみた。でもあまりみなさまおもしろくなかったようで……。昔の論文のほうが他分野の知見を活用しようとしていたりして自分としては楽しめるのだが、「だからどうした」という話になるのかもしれない。

最近縁あって福澤諭吉の書いた『福翁自伝』という本をぱらぱらとめくっているのだが、実はこの本、中学1年のときの「政治・経済」という授業で全部読んでいたので、10年越しの再読に当たる。あのころは分からなかったが、いま読むと相当おもしろい。彼は公費でアメリカやヨーロッパに留学するのだが、本を読んで分かることは本読めばいいが、現地の人は当たり前すぎて辞書や本に書かないようなことがいちばん難しい(例に挙がっているのは病院の運転資金はどうしているかとか、徴兵制はフランスで布かれているがイギリスでは布かれていないようだが、そもそもこの徴兵制とはなんで存在するのかとか)、ということで、そういうことを手当たり次第にまとめて書き連ねたのが『西洋事情』という本だとか、明治時代の人は先見の明があるなあと思う。

いま思うとあの授業ってただ順繰りに当てられて数パラグラフづつ音読していただけ(多少解説があった気はするけど)で、1年間なにやっていたのか不明だが、中学の間はこんな感じで明治・大正時代の論説とか小説とかを学校で読むことが多かったので、昔の文章を読むことが苦痛でなくなったのは感謝している。

あの先生定年まで5年くらい残して退職して埼玉に引っ込んで農業をしているらしいが、中学3年のときの地理の期末試験で「諸君が中学校の校長になったらどのようなことをしたいか論ぜよ」とだけ書いたテストがあって、その学期は中間試験もなかったのでこれだけで成績がついたのだが、いったいこれでどんな成績をつけたかったのだろうといまでも謎である。