嘘を書く

http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20070125/p1に書いてあることで、

(前略)重要なのは、わざと「うそを書く」リスクをとる、「うそが書かれている」という状態に対する批判を受ける決心をするということである。無限から有限のマッピングというのは、そもそも無理なことなのだ。そう見切ったとき、文章は全く違う色彩を帯びてくるものだと思う。

とあるのを読んではたと膝を打つ。

嘘を書かないで分かりやすくするにはどうしたらいいんだ、と腐心することが多いのだが、それは分かっている人に「あの人間違ったこと書いている」と思われることを恐れてそうしているわけで、正確ではないことを分かってあえて書く(批判は甘受する)という選択肢もあるのだなと。

中途半端に知っている人は「そこ間違っている(あなたは正しくない知識を持っている)」と言うのだろうけど、ちゃんと分かっている人は、自分が正しい知識を持っているが、それでもあえてそう書く選択をしたというところまで見抜いた上で、そのスタイルの可否にコメントしてくれるんだろうな。書かれているものが全てだとも言えるので、それだけでその人が知らないと判断してしまうのも仕方ないけど(そこは「批判を甘受」しなければならない)。