めったに起きないことをどう予測するか

しばらく引っ越しやら卒業・着任やらで本を読む時間も全く取れていなかったのだが、過去に読んだ本の紹介。

統計学とは何か ―偶然を生かす (ちくま学芸文庫)

統計学とは何か ―偶然を生かす (ちくま学芸文庫)

この本自体は長らく絶版だった本を文庫として復刊したものらしいのだが、どのように統計学が発展してきたかという最近の話が書かれていて、なかなか興味深い。

なるほど、と思ったのは、統計学はいまでこそ情報科学の発展によりさまざまなところで活用されているが、昔は国勢調査みたいなところでしか使われていなかった、という話。大戦中には「いかに効率よく健康な男子を徴兵できるか」ということが重要なテーマなのだが、稀にしか出現しない(が罹患していれば致命的な)病気に対し、お金も時間もかかる検査を全員に対してすることはできない、というとき、どうするか、という問題。そういうとき、統計学の力を借りて、たとえば1000人の血液を混ぜて検査して、陽性と出たらそのグループの人を詳しく検査することで、全体の検査回数を激減させることができる、という話(どれくらいの誤り率でどれくらい回数が削減できるか、という理論的な保証を与えてくれるのが統計学)。与えられた制約の中でいかに効率を上げるか、という工学的な課題は現代にも通じるところがある。

もしくは、科学史的なトピックであるが、メンデルの法則の実験について統計的手法でデータを解析してみると、あまりに理論的な予測値と適合しすぎているので、メンデルの法則の実験は捏造であった可能性が高い、という話とかも書かれている。この話自体は科学史では有名な話である。あるいは、ガリレオが行ったとされる、斜面にボールを転がして落体の法則を検証したと語り継がれている有名な実験も、実際には実験していないことがほぼ確実なことは科学史的には常識である。こういうのも、統計学の力を借りて検証されたものである。

ただ上記の本は(ほとんど数式は出てこないものの)専門書のような雰囲気を醸しているので、もっと気楽に統計の話を読みたい、という人は

統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀

統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀

が楽しめるだろう。こちらのほうがもっと歴史的な話を読み物ふうに書いていて、たとえば t 検定がどのようにして産まれたか、みたいな話(Student's t-test と呼ばれるのだが、企業に所属して論文を書いていたのでずっと Student という匿名を使っていたから、とか)が盛りだくさんで、統計ばりばり使っている人も歴史的な背景を知らなければ楽しめるだろうし、統計にあまり親しくない人も読み物としておもしろいと思う。自分が読んだのは上記の単行本であるが、昨日文庫版も出たようで、求めやすくなっている。
統計学を拓いた異才たち(日経ビジネス人文庫)

統計学を拓いた異才たち(日経ビジネス人文庫)

自分的には元の単行本の装丁がけっこう好きだったので、文庫版のこの装丁は(値段が半額近くになっているとはいえ)いただけない……。