日本の大学院で博士に進学するということ

書き忘れないうちに専門教育に関して悩まれている人へ贈る言葉裕福じゃないと博士後期課程に行けないとは限らないをメモしておく。

前者は日本で大学院に行くのはお金の無駄だからアメリカに行け、という内容。後者は日本で大学院に行くのも賢くやれば費用はかからない、という内容。少し詳しく見てみる。

まず前者から。

第二に、もし学位(Ph.D.)をアメリカでとるのであれば、日本でやっていたマスターの二年間もそのお金も完全に無駄になる。少なくともアメリカのresearch universityでは、自然科学系の修士課程(マスターをとることを目標としたプログラム)というものは事実上存在していない(要はすべてがPh.D. program)ため、もう一度、アメリカ中の有名大学からピンに近い成績でやってきた新卒たちとゼロからコースワーク(専門の基礎教育)をやり直すことになる。

第三に、マスターを持っていても研究者の世界ではほぼ何の足しにもならないし、たいした尊敬は得られない。これは知る人ぞ知るだと思いますが、アメリカにおけるMSというのは、優秀な学生であれば、実は大学四年間の間に、卒業と一緒にもらう程度のものであり(例えばYaleのようなトップスクールでは、当たり前とはいいませんが、大学卒業と一緒にとる連中は結構ゴロゴロいます)、もしくはPh.D. programを1年程度ちゃんと在学して、ドロップアウトしたときにかわいそうなので学校がくれる学位という位置づけにすぎない。

だから、多くのアメリカ人研究者はマスターを持っていない、もしくはPh.D.授与のときに一応一緒にもらってもそのことはCVのどこにも現れない。
(中略)
忙しいとか金がないとかそう言う言い訳をしない。研究の場合は特にそうです。なぜなら、米国のPh.D.プログラムは自然科学系の場合、100%大学が学費と生活費を出してくれるのです。すなわち、日本でマスターをとる方がはるかにお金がかかるのです。何しろもらいながら学生をやるのと、払いながら学生をやるのの違いですから。

自分が高校生くらいからやり直せるとしたら、大学は浪人してしっかり受験勉強してから日本の大学に行って、留年はしないで普通に4年で卒業して大学院でアメリカへ、というコースを辿りたいなぁ。日本の修士号アメリカではなんの意味もないというのは NAIST に来てから知った(M2 でこのまま同じ研究室に止まるか、外部に出るかしばらく考えた)のだが、2年間勉強して修士号取ったのにまた2年やり直すのはちょっともう無理だと思ったので、留学断念した(まあその代わり Microsoft に3ヶ月行ってそれはそれでよかった)からであった。そういうこと早く知っておきたかったなぁ、と思う。

あと、確かにお金がないことは(修士NAIST に入学することの)言い訳だったのだが、そこまで(アメリカの)大学が学費と生活費を出してくれることも知らなかったので、それも知っていたら選択は違ったと思う(でも松本研に来るのと奨学金はくれるけどいまいちなところに行くんだったら松本研に来るほうが賢明だろう)。学部での留学は大学院ほどお金出してくれないし、そういう意味でやはり日本の大学-アメリカの大学院というのが一番コストパフォーマンス高いだろう(日本の教育は、研究に関して言えばそこまで悪くない。少なくともオーストラリアと比べたら、日本のほうがよいと思う)。

で、ここからが後者の id:shichiseki さんの話。

奨学金の支援が少ない日本でも上手くたち振る舞えば,親にかかる金銭的な負担を減らすことが出来ます(体裁的な部分の負担は減らせませんが).
(中略)
ではどうやってお金をかけずに博士後期課程まで行くか.まず,各段階において授業料を免除してもらうこと.僕は高専の3年生ぐらいから授業料を免除してもらっていました.専攻科も最初の半期は前年の所得がネックで免除されませんでしたが,以後の一年半は免除してもらいました.高専は授業料の免除が得られやすい(成績も1/3に入っていれば十分でした)ので僕はとてもラッキーでした.普通高校だと難しいでしょう.というわけで,高専本科+専攻科を上手く使えば授業料をかなり削減して学士を取ることが出来ます.

大学院は学部を持たない大学院がおすすめです.奈良と北陸にあります.これらの大学は他の大学から学生を取ってくる必要があるため,いろんなメリットをつけて学生を引きつけようとしています.その一つに奨学金や授業料免除が得られやすいというメリットがあります.僕は修士の時は授業料を半額免除,博士課程になってからは全額免除してもらっています.奨学金も研究成果をそれなりに出せば免除される可能性があります.僕が所属しているNAISTだと,体感ですが博士後期課程に行っている人の半分ぐらいは修士課程での奨学金を半額免除されているんじゃないでしょうか.

日本でも別に大学院に通ってもお金はかかりませんよ、というのは自分も同じで、大学院に入ってから完全に大学からもらうお金(と少しの雑収入。原稿代とか)だけで生活している。奈良は生活費が安いというのもあるが、日本学生支援機構奨学金を使わなくてもなんとか生活できる(一応もらっておいて半額もしくは全額免除してもらうのがいいと思う。自分は修士奨学金は全額免除、博士の奨学金は半額免除だった)。

学生を支援する体制も強力で、こういう形で学生自身にお金を支給するのもあれば、学生が立案・実行する研究にも研究費をつける(教授に言われてやる研究ではないので予算の使い方も自由)プロジェクトが毎年のようにあるので、金銭的には非常に恵まれている(もちろんスタッフにも)。NAIST に来てからパソコンって買ったことないし、買う気もなくなった(パーツも消耗品としてちょこちょこ買える)。

そうすると純粋に日本の大学院とアメリカの大学院に行くのの違いは研究のレベルやネットワークの構築の部分だと思うのだが、どっちがいいんだろうなぁ。人それぞれだと思うし、アメリカのほうが刺激的だとは思うが、じっくり研究したい人は日本が向いているんじゃないかな? 日本にいても世界レベルの研究をする院生もいるし……。自分や名大の萩原さんのように、日本にいるけど数年に1回くらいは海外でリサーチインターンする(もしくは短期留学する)、という両者の中間のような立ち位置もあるし、要は「こんな道もありますよ、あんな道もありますよ」という可能性を若い人に見せてあげるのが大事なんだと思う。そういう道があると知っていればやっていたのに、とあとから知ったら残念に思う、そういう経験をする人を減らしていけば、それなりにうまい塩梅になるのではないかな?

あと最後にフィンランドにおける Ph.D. Defence。イギリスも Ph.D. 取るのはかなり厳しいという話だし、国によっていろいろ違いがあっておもしろい(笑)