ぼくが MS で学んだこと

六本木系の企業のカルチャーばかり読んでいると偏ってくるので、

ぼくたちがIBMとHPで学んだこと

ぼくたちがIBMとHPで学んだこと

を読んでみる。もっと企業の中のことを書いてあるのかと思いきや、企業の中でのアメリカの文化と日本の文化の違いや、どのようにそれを克服してきたか、というのがメインの内容で、いい意味で予想を裏切られて非常におもしろかった。最後は(こういう本にありがちだが)教育への提言にかなりの紙幅を費やしているが、提案している内容より、なぜそう主張するか、という(実体験に裏打ちされた)根拠のほうが参考になる。

今なら外資系というとみんなある程度イメージがある(英語ができないとだめ、とか、ドライ、とか、高給取り、とかいろいろステレオタイプはあるだろうが)と思うが、ものすごく昔からやってきた人たちで、むしろ「敵国の企業に入るとはなんたることか」と肩身の狭い思いをしてきた体験や、1日の滞在費がホテル代や食費も含めて$20までしか出してくれない中どうやりくりしたかとか、そういう時代もあったのだな、とため息が出る。そんなに遠くない昔そういう時代があったということは、いま羽振りがよい時代でも、いつそういう時代に逆戻りしてもおかしくないわけで。

HP に関するエピソードで、あるとき出入りの業者が部品を(少しダンピング気味に)安く卸してくれるという話があって、1円でもコストを下げたい状況だったので、OK したいと思って(HP の)上司に伝えたところ、「それは HP のやり方ではない」と却下された、という話が印象的だった。業者も中に入り込むことの利益を計算して適正価格以下にしているのだろうが、適切な仕事の対価として適正な報酬を払う、質のいい物には相応の対価を、というモットーがぶれないのは偉い。(HP も基礎研究に理解があってとてもいい企業だと思う。自然言語処理の分野では聞かないけど)

自分が外資系企業に滞在したのはMicrosoft Research でサマーインターンに書いた通り3ヶ月だけだが、世界トップレベルの環境に身を置くことができたのは、非常にいい経験だった。今の研究テーマもきっかけはインターンシップ時代の仕事だし、企業だからあれができない、これができない、と思うのは(MS ほどの大企業で体力があるからだろうが)半分くらい幻想である、と言いたい。

昨日の大学評価委員会で「NAIST の欠点を挙げてください」と言われて言い忘れたのだが、NAIST で(大学一般に言えることなのかは分からないが)よくないところは、研究科や研究室を超えた連携がほとんどないことである。もちろん共同研究という形で申請して予算を獲得するが、現実お互いの研究上の問題を共有して研究を進めるというよりは、お互い勝手に研究して最後につじつま合わせのように統合する、という感じで、一緒に始めるのはこのレベルからでも交流があったほうがいいのかもしれないが、これが理想的な共同研究の姿だとは思えない。

逆に MSR で自分が体験したのは、抱えている問題に応じて動的にプロジェクトが生成され、分野を横断したチームで研究に当たれる、という現場である。ともすると問題ドリブンになってしまって腰を据えた研究が育ちにくいとか、地道な研究がしにくいとかいった問題点はあるだろうが、それを補って余りある体制だと思う(複数のプロジェクトを自分で組織して、個々人でも長期的な目標も持って複合的に仕事すればいいのだろうし。評価する側が長期的な仕事に理解がないと破綻する、というのは本質的な課題だろう)。

先日 MS にオフィス見学でもさせてもらおうかと行ったとき、突然

ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?

ビル・ゲイツの面接試験―富士山をどう動かしますか?

のような面接が始まってびっくりしたが、こういう素早さも成長の秘訣なのかな? と思った。取り越し苦労かもしれないが、こういう話をすると「MS は人買いにえげつない」とか思う人がいて困るのだが、Google でも会社見学が突然入社面接になったりするそうだし、同じ内容の話を聞いてそれをしたのが MS だと悪い印象になって Google だと悪くない(というよりむしろよい)印象を与えたりするのは好ましくない現象だと思う。

先日の日記の追記の部分にも少し書いたが、一般的には Google は善で MS は悪みたいに思われているかもしれないが、アカデミア的にはどんどん研究者や研究者の卵(= 優秀な大学院生)が Google に飲み込まれていってしまい、(人も情報も)外に出てこないので、大学関係者(特に教授や准教授クラスの人たち)からはあまり快く思われていないようなのだが、ここでも大学的には Yahoo! は善で Google は悪みたいになるのは、研究にどれくらいフィードバック・コミットしますよ、という姿勢が重要なのかなと思った。

いい印象を周りに与えるのはものすごく時間がかかるが、悪い印象を周りに与えるのは1回悪いことをすればいいだけなので、大変なものである。