教育は時間をかけて少しずつ

朝から言語処理学会第24回年次大会のワークショップ参加。自分は行きがかり上「言語処理研究者・技術者の育成と未来への連携というワークショップに出る。提案者のトップにいるので自分がものすごく作業をしているかのように見えるが、この順番はワークショップの趣旨に賛同した順なので、特に自分がたくさん仕事をしたわけではなく(そもそもパネリストでも登壇者でもない)、取りまとめは [twitter:@hidetokazawa] さんがされていたので、自分は当日の書記係くらいの立ち位置である。

当初は(学会に来る人は研究の話を聞きたいだろうし、そもそもワークショップまで残っていないだろうし)40人くらいの参加ではないかなぁと思っていたのだが、100人以上参加ということでびっくり。内容は上記リンクのまとめを見ていただければ幸いだが、「博士後期課程への進学は精神的にツライ」という話題が想定外に発展してしまったことを除けば、壇上からも会場からも活発な議論があって盛り上がったように思う。

名古屋 NLP セミナーの話で思い出したが、自分も首都大に来る前の年セミナーに読んでいただいて、こうやって欧米のように学外から人を招いてセミナーをする文化を定着させようとする試み、素晴らしいなと感銘を受けた。事務手続きの煩瑣加減が分からず今年度までやっていなかったが、お招きすること自体はそこまで大変ではないことが分かったので(大変なのはランチやディナーのアテンドの方)、今後は自分も活用していきたい。

あと、お声がけくださった佐藤先生からは、今回のワークショップの中でも発言があったように、「博士号を取得した学生をそのまま同じ研究室でポスドク採用するのは最悪」ということを、ちょうどお招きいただいたセミナーの前後のお食事会でも直接言われて、自分も博士号を取得した研究室でそのまま助教になったので、耳が痛かった(松本先生の研究室ならいいと思いますよ、とフォローしてくださったが)。それだけが理由ではないが、このままぬるい環境にいていいのだろうか(確かに、NAIST および松本研は日本における理想的な研究室環境の一つであったことは間違いなく、そこを出るのが正解だったかどうかは今でも分からないが)、と自問自答し、佐藤先生に背中を押してもらった(?)おかげで、結局それから首都大(と電通大)の公募に応募し、翌年には首都大で新しい研究室を構えることになったので、人生どう転ぶか分からないものである。

ワークショップ終了後、佐藤先生から「着々と頑張っているね。見込んだ通り、いい教育者になっているようだね」とおっしゃっていただけて、とても嬉しく、地道な努力も見ていただいていてありがたかった。それまで特につながりがなかった後進にここまで関わっていただいて、自分は周りに恵まれているとつくづく思う。

そういえばお昼は研究室の OB とランチに行った。この3月で3回目の卒業生(大学院)を出しているが、少しずつ OB が増えてきて、こうやって学会で会ったりもできて(学会に仕事で来られるような職場に勤めている卒業生が多い)、大学教員冥利につきるなと思う。卒業生たちから、もう転職した、転職する、という報告をいろいろ聞いて、3年も一つのところにいるのは珍しい業界ではあるが、みんな頑張っているなぁと思ったりする。もっとどんどん卒業生を出して、各地で活躍してもらい、「あれ、この人よく Slideshare でスライド見るけど、首都大出身だったんだ?」などとみなさんに認知してもらえるようにしていきたい(自然言語処理分野の若手の中では、首都大はだいぶ認知されているようだと学生からは聞いているが、隣接分野に行くとそうでもないと思うし)。