日本という死に至る病

ある意味昨日の話の続きなのだが、@nokunoさんの Mixi Voice で 稲船敬二氏は,何を思い,何を考え,何を目指してカプコンを辞めていくのか。渦中の氏に直撃インタビューを知る。これもいろいろ考えさせられる記事である。
この人はカプコンの CTO の人で、「ロックマン」や「鬼武者」などの数々のヒット作を生み出してきた(20年以上この業界にいる)人で、日本のゲームに足りないのはなにで、それはどうすればいいのか、ということを滔々と述べている。(そのため、とうとうカプコンを辞めることになった、と)

最初に問題にしているのは、日本では一生懸命働くのは無駄で、失敗しないことが美徳なのだから、それには成功しようと思わないことが重要、という話。これではゲームに必要不可欠な「もっといいゲームを作らないと」という意識が弱くなる、ということ。はて、どこかで聞いたような話。

もちろん大きな会社なので多数の社員を食わせていかなければならない、というのはその通りだが、ゲーム業界のような(そして恐らく研究でも)クリエイティブな分野では、創造性を犠牲にして得るものは僅かであろう。常に新規なものを作り続け、その中からヒットが産まれたりするわけで、失敗するのは織り込み済みになっていなければならず、失敗しないことがいい、というのはルーチンワークでこなせる仕事 (たとえば医療なんかは「今日は新しい治療に挑戦します!」とか言って、普通に手術すれば成功率99%の手術を成功率40%にする理由はない) に当てはまる話で、ソフトウェア開発は本質的にそういう考えになじまないのではなかろうか。たぶん、ソフトウェア開発が登場して間もないので、そういう考え方ができる人が少ないせいもあるだろうけど。

次に問題にしているのは、内製神話。海外デベロッパとの付き合いは、とことん話し合うことと、マメに連絡すること(4p目だが話は3p目の終わりから続いている)で書かれているが、外部に委託することも視野に入れて、開発人員をスリムにしないといけない、ソフトウェア開発にちゃんとコストの意識を入れないと、という話。もちろん全部日本人にして開発費を大量に投入すればそこそこのものができるだろうが、それは当然だからいかにコストを下げられるかを考えないと、ということ。(ちなみに、このあたりからインタビュワーの質問が意地悪になってきていて、読んでいてちょっと息苦しくなってくる)

僕達がどんどん海外に出て行けば,その情報が伝播して,ユーザーさんも海外を理解して,海外のゲームにもっと注目しますよね。それはすなわち,日本のゲームに注目することでもあります。Red Dead Redemptionが日本で100万本売れる時代にならなきゃいけないんですよ。あれは10万やそこらで終わっているゲームじゃないと思うんです。クリエイターもユーザーも経営者も,もっと変わらなきゃいけないんです。

できれば日本のゲーム業界を変えたいんです。見捨てたくないんです。このあと僕がカプコンを辞めて,たとえばEAとActivisionとRockstar,3本の仕事を受けました。っていう風にはしたくないんです。それって結局見捨ててるわけですから。

この気持ち、分かるなぁ。自分も海外にどんどん日本の学生やエンジニアは出て行けばよいと思っているが、それは「日本を捨てろ」と言っているわけではなく、いまの日本を見捨てたくないからこそそうするほうがいい、と思うのである。ものすごく内側に目が向いてしまっているので(日本でも十分市場があるからいいでしょ、とか言う。それはそうだけど……)、カエルが少しずつ水の温度が上がっているのに気づかず死んでしまうように、長期的には死に至る病なのではないか、と思えてならないのである。

今日読んだ「『科学技術大国』中国の真実」

「科学技術大国」中国の真実 (講談社現代新書)

「科学技術大国」中国の真実 (講談社現代新書)

にも、中国は遅れているところもあるが進んでいるところもあり、等身大の中国と向き合うべきであって、馬鹿にしている、もしくは必要以上に恐れているとよくない、という警鐘を鳴らしていて、深く考えさせられた。著者は元々科学技術庁出身で、3年間の在中中国日本国大使館一等書記官(科学技術アタッシェ)を経て現在は文科省の大臣官房総務課課長補佐だそうだ。こういう人がいる、ということで日本の未来は少し明るくなると思う。

ちなみに同書によると2007年の統計では、アメリカで PhD を取った学生の出身大学は1位が清華大学(2010-11-01 修正、ゆうちゃんどうもありがとう!)、2位が北京大学、3位がようやくアメリカの大学で UC Berkeley、4位がソウル大学で、日本の大学はトップ50の中にも入っていないそうだが、すでに日本の科学・技術は物量的には中国に負けているし、今後挽回する見込みは限りなくゼロに近いので、これからは質で勝負するしかないだろうし、いまのうちに友好的な関係を結んでおくべきではないか、というのが著者の主張。

自分も割と同感で、MS-IME の開発が中国にシフトした、などという話題で必要以上の過剰な反応が見られたが、シフトするかどうかは時間の問題であり、あとは少数の日本人が中核に入って回すか、全部中国人がやるかどうかの違いくらいではないかと個人的には考えている。(そしてこれはちょうど稲船氏がゲーム作りでいま実践していることと同じである)

同書、久しぶりに読み応えのある科学技術論を読んだ。いまのところ今年の後半のベスト3に入る良書なので、興味のある方は参照されたい。

あと、これは開発とは関係ないが、インタビューで「なるほど」と思った段落の抜き書き。

あとダレットの社長やってて思ったんですけど,社長の仕事って簡単ですよ。数字のことなんてプロにまかせておけばいいんです。本当に大事なことは二つしかなくて,部下を評価することと,夢を語ること。これだけです。夢を語らないと,みんながどこに行けばいいのか分からないですからね。
原価率のパーセントを気にしたり,利益を前年比で何%にしろとかは,「夢」じゃないですよね。
 あと,部下が何かを考えたかのように動かしてあげることは重要だと思います。いい方法でもあるし悪い方法でもあるんですけど。とくに僕達のような仕事をやっている人は,命令じゃ動かないんです。こんなゲームを考えたからこうしろ,って言っても動かない。やりたくないんですね。

これも首肯。研究も同じで、松本先生は特にこれがうまくて、いつも松本先生がやりたい研究をさりげなく学生に伝えておき、学生は「この手法は自分が考えた!」と思って熱心に研究するのである (細かく「ああしろこうしろ」と言うのでは自分が考えたと思わず、熱心にやってくれない)。自分も命令ではほとんど動かないタイプなので、上から頭ごなしに言われたらやりたくなくなる気持ちは分かるのだが、どうにも松本先生のようにできないのである。どのように誘導すればこういうことができるのか、いまの研究室にいるうちに、松本先生から盗みたいと思っている。

ちなみにこの稲船さん、自分の兄に顔がそっくりなんだけど……遠目で見るとたぶん自分は見分けがつかないと思う。似過ぎ!(笑)