いまのコンピュータ将棋は中盤も強い

清水市代女流王将とあから2010の対局が開催された。あから2010というのは4つのシステムの合議によるコンピュータ将棋。それぞれ相当な強さだけに、あからが勝つんじゃないかと思っていた人も多いだろうが (むしろなんとか清水女流王将には残してほしいと思っていたのだろうが)、蓋を開けてみるとやはりコンピュータ将棋の勝利。

スラッシュドットやらなんやらのコメントを見るとやれコンピュータが合議なのは人間と比べてずるいだの (人間も脳内で並列処理してもかもしれない)、人間が考えている時間にコンピュータが考えられるのはずるい (それは人間だって同じでは?) だの、なんだか「コンピュータ将棋が勝つのはコンピュータに有利な条件だったんじゃないか」という意見ばかりでうんざり。

いちばんまともな記事は PC Watch によるコンピュータ将棋が女流王将に勝利という記事。各人の (あまりバイアスのかかっていないように見える) コメントがふんだんにあるのもよい。

対局直後、大盤解説の会場に姿を見せた清水市代女流王将は、大盤解説を行なった男性棋士2人の「予想外の手が多かったのでは」との問い掛けを、「ほとんどの手が読み筋でした。対局前、どれだけコンピュータ将棋の研究をしたと思っているんですか」とその質問を一蹴した。
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プログラムの1つ「激指」開発チームの一員である鶴岡慶雅氏は、「私は激指の開発に関わっているので、ついつい激指をひいき目で見てしまうが、コンピュータ将棋の弱点を見えにくくするためには、今回採用したような合議制によって6%程度勝率が上がるという結果が出ている。激指単体で勝負するよりも、合議制という方法をとったことで勝率があがったのでは」と推測した。
 各プログラムは、清水女流王将との対局用に探索や表関数をチューニングするといったことは行なっていないそうで、「純粋に読みの精度をあげることに注力して対戦に臨んだ」という。

ということで、清水女流王将は特別コンピュータ将棋の弱点を突くような戦法にしたわけではないが、コンピュータ将棋に格別有利な設定で対局が行われたわけではないと思う。持ち時間3時間というのは、清水女流王将も時間がなくなってからばたばたと押し切られて最後は大差の負けになってしまったが、最低3時間粘れるという意味で人間にとってむしろ有利なはず。(人間が疲れてしまう長さになると人間不利だが、時間が短ければ短いほど現在はコンピュータ将棋のほうが人間より強くなる)

記者会見が行なわれ、清水女流王将は「事前にコンピュータ将棋を研究した過程で、ある程度イメージは持っていたが、実際に対局してみると少しイメージは違いました。もっと、人間の想像を超えた、奇想天外な手を打ってくるのかと思っていましたが、実際にはより人間に近いと感じました」と素直な対局の感想を話した。

というのを見ると、以前モンテカルロ囲碁は必ず半目勝ちを目指すで書いたように、コンピュータ将棋も接近戦になるとほとんど正確な手を指すし、序盤は定跡パターンデータベースから引いてきて指すのだろうし、かなり人間に近い。

以前の感覚では、コンピュータ将棋は終盤には滅法強いが序盤から中盤にかけてが弱いので、中盤でリードしてそのまま逃げ切ればよい、というような感じだったのだが、最近のコンピュータ将棋は中盤がやたらと「人間くさい」ので、いろんな手筋を連発してくるし(どうやったらこんな軽妙な手を学習できるのか不思議)、むしろ中盤でリードされてそのままそれを逆転できずに押し切られてしまう、というのが自分の負けパターンな気がする。なおかつ、序盤から定跡を外せば「5五角」のような意味不明な手を指してリードできるのだろう、と思いきや、別にそんなこともなく、きっちり対応されて作戦負けになる、という感じ。

プロの棋譜から学んでいるのでプロっぽい手を打つのは当然ではあるが、最善の指し手を目指すのではなく、相手に勝てる手、つまり最強の手を目指す、というのは現実的な「強い」プログラムを作るために不可欠の視点であるし、最善の手順が存在することも多い (ために深く読むことが重要な) 終盤と比べると、最近コンピュータ将棋が強くなった序盤から中盤にかけての棋力の向上はなにか質が違うもののように思う。

名人に勝てるようになる日がどれくらい近いかは分からないが、並のプロ4段程度なら数年以内に射程圏内だろうなぁ。名人・竜王クラスの棋譜から学習できるので、その程度には強くなれるということで……。むしろいかに悪い手を学習しないかのほうが重要で、名人レベルの棋譜の数 (データ) が足りないことによって学習が不安定になるのかなという気がする。

コンピュータ将棋も成功しつつあるし、自然言語処理もこんな感じで「玄人はだし」のパフォーマンスが出せるようになればいいのだが……(たとえば機械翻訳とかね)